hit記念企画 | ナノ
 その日は、珍しく夜中まで書類が終わらずに、必死になって机にかじりついていた。やっとこさ強敵だった書類を終え、静まり返った本丸の執務室で、寝る前に少し近くをふらつこうかと廊下にでる。体を撫でる夜風は冷たくて、ふるりと身震いを一つして私は足音を立てない様にゆっくりと廊下を歩いていた。空は暗く、どうやら新月のようで、真っ暗な本丸が少しだけ怖く感じる。
 そんな私の視界を小さな光がつぅっと飛んでいった。ゆらゆらと不規則ながら光の線を残してゆくそれ。不思議と恐怖感はなくて、引き寄せられるように私の足はその光を追いかけていた。
 たどり着いたのは中庭の前。ふわふわと飛んでいた光はそのまま草の方へといってしまう。下りて追いかけてみようかと思っていると、今まで暗かった周りがゆっくりと明るくなっていった。目線を上げればそこには沢山の小さな光。
 それらが草むらや空中でふわりふわりと光を放つ。


「主、どうしたの?」


 光りに魅入っている私の背後から聞こえてきた声。振り返ればそこには小さな刀がいた。


「蛍丸…」
「お仕事は?」
「終わったよ。寝る前にちょっと散歩しようと思ってふらふらしてたの。そしたら光が見えたから」
「光って、これのこと?」


 私の目の前に出された細い指。その指に一つの光がゆっくりと止まる。今まで光の部分しか見ていなかったから気が付かなかったが、これは――。


「この光、蛍のだったんだね」
「うん。この時間帯によく来てるんだ」


 よく来ている、それを知っているということはきっと蛍丸はちょくちょく見にきているんだろう。光を放つ蛍を見つめる蛍丸の瞳は柔らかく、そんな彼にこたえる様に蛍はゆっくりと光る。それはきっとお互い同じ漢字が入っているのもあるだろうし、蛍丸の名前の由来のつながりもあるんだろう。


「綺麗だね」
「でしょ?俺、これが見たくてたまにこの時間に起きてるんだ」


 軽く蛍丸が指を上に上げれば飛んでゆく光。それは他の光がある場所へと吸い込まれるように入っていき、光り出す。
 それを見つめてから蛍丸は縁側に腰を下ろした。真似するように腰を下ろせば、肩に小さな頭が乗せられる。


「俺ね、いつかこれを主と一緒に見れたらいいなってずっと思ってたんだ」


 視線を蛍から逸らさずに話す蛍丸は僅かに瞳を細めて甘えるように私の肩にすり寄った。その小さな肩に手を回し、優しく撫でてやれば嬉しそうに表情が緩み、翡翠色の瞳がゆっくりと動いて私を映す。


「だから今日、主と一緒に見れて凄く嬉しい」
「私も、蛍丸とこんなきれいな光景を見れて凄く嬉しいよ」
「へへ、よかった」


 ふにゃりと表情を緩めるその姿は外見にとてもよく似合っていて。きっと、そんな彼の想いを知った蛍達が、私を呼んでくれたんじゃないかと、目の前で一際綺麗に輝く光を見て思わずにはいられなかった。




蛍火の夜


150706 執筆


翠様、リクエストありがとうございました
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