hit記念企画 | ナノ
 どうしてこんな事になったのだろう。頭の中をぐるぐると子供用の機関車みたいに回るのはそんな言葉だった。前から聞こえるのはどこか嬉しそうな鼻歌。ふわふわの髪の感触を感じながらそれを洗うのは私の手。自分よりも一回り小さな身体はちょこんと椅子に大人しく座って私に髪を洗われている。


「俺ね、一度でいいからこうやって主とお風呂入りたかったんだー」


 嬉しげに声を弾ませて話すのは蛍丸。私は話に相槌を打ちながらそんな彼の頭へとお湯をかけた。




 事の始まりは中庭で短刀達に交じって鬼ごっこをしている時だった。前日の天気は雨模様で、そんな事を忘れさせるようにからりと晴れた天気に短刀達ははしゃいでいた。そして私も溜まりに溜まっていた書類を片付けた事にはしゃぎ、短刀達の遊びに交じっていたのだ。
 しかし、空は晴天だとしても地面はまだ雨でぬかるんでいるところが多く、見事に足を取られた私は目の前でスタンバってましたと言わんばかりの水たまりに顔から突っ込んだ。勿論全身ビショビショになり、心配そうに駆け寄ってくる短刀達から抱きおこされつれて行かれたのはお風呂場。
 泥まみれになった服を脱いでいる時に開いた脱衣所の扉へと顔を向ければ、そこには近侍の蛍丸がいて満面の笑みでこう言ったのだ。


「主、俺が背中流してあげる」




▽▲▽




 かぽーんという効果音が流れてきそうな光景。いつもは一人で入っている湯船はとても広く感じられたが、二人に増えても同じなのだとしみじみと実感した。まぁ、時には数人の大男が一度に入るのでそれもそうかと思いつつ私は自分の体に寄りかかって気持ちよさそうにする蛍丸を見る。


「蛍丸、湯加減はどお?」
「丁度いいよ、主」


 勿論お互いの体の隠さなければいけない部分にはタオルが巻いてある。温泉などに行くとタオルを巻いたまま湯船に入らないでくださいと言う注意があるが、ここは自分の家なので問題ない。むしろタオルを取り払って入った方が問題ある。お互いの性別的にだ。
 しっとりと濡れた銀色の髪を優しく撫でてやれば嬉しそうにすり寄ってくる蛍丸。彼の頭は丁度私の胸の間にあたる部分にあるので動かれると少しくすぐったいが特に気にはしなかった。


「お風呂温かいね」
「そうだね」
「ねえ主、また一緒にお風呂入ろうよ」
「んー…まぁ、気が向いたらね」


 流石にいつも入っていると他の刀が黙っていないだろう。特に、ほけほけ笑うじいさまやサプライズ好きなじいさまが。
 胸にすり寄ってくる蛍丸はタオルにくるまれた胸の感触が大層お気に召したのか、もふもふと感触を確かめるように頭を擦り付けてくる。その行動がまるで子供の用で小さく笑いながら頭を撫でていると、不意に翡翠色の瞳が私へと向けられた。


「主ってさ、俺にはとことん甘いよね」
「そう?」
「そうだよ、普通こんなことしたら怒りそうだし」


 ぽふりと胸に寄りかかり蛍丸はじっと私を見る。まぁ確かに、これをするのがあの大人の体の刀剣達ならば張り手をしてでも引き剥がすだろうが蛍丸はこの見てくれだ。特に嫌悪感はわかないし、子供と戯れているような感覚になる。


「俺だってかなりの歳なんだけどなぁ」


 そう呟きながらもふりもふりと胸に顔をうめる蛍丸はどこか不満げだ。まぁ、確かに彼は言うとおりそれなりの歳を取っている。私の歳を倍にしても届かないくらいの歳だ。


「他の刀みたいにそれなりの体格だったら怒るんだけどね…蛍丸はほら、見た目があれだから」
「他の短刀みたいに幼いからいいの?」
「んー…まぁ、そんな感じかな」
「ふーん」


 どこか探るような瞳で此方を見つめた蛍丸はふと何かいいことを考え付いたかのように瞳を輝かせ、口元に笑みを浮かべた。それに少し遅れて気が付き、あ、これはやばいと思って湯船から逃げようとするも、その私の体はいともたやすく押さえつけられる。目の前にはにやにやと楽しげな笑みを浮かべる蛍丸がいた。


「あ、あの…蛍丸さん?何をしてるんでしょうか?」
「別に、ちょっと主を押さえつけてるだけだよ?俺子供みたいだから怒らないんでしょ?」
「い、いや…流石にこれは…」
「俺は他の短刀の子供と同じようなものなんでしょ?なら、これは子供がする無邪気な戯れみたいなものだよ」


 あぁ、そういうことか。しまった、失言した、と後悔したときはもう遅い。湯に濡れいつもより暖かい指が唇をなぞり、なんの躊躇もなく蛍丸のそれと私のそれが重ねられる。
最初は子供がするような合わせるだけのもの。次第にそれは段々と深みを増していき、大人のそれへと変わってゆく。ぬるりとした熱い舌が唇をなぞり、逃げるように奥へと引っ込んだ舌を絡め取る。
 一体どこでこんなテクニックを覚えてきたのか。その出所を問い詰めてやろうと思う思考は自分の口内で暴れまわる舌で融かされていった。
 重なった唇が離れると、お互いの唇を細い銀色の糸が繋ぐ。ぷつりときれたそれをぺろりと舐めとる蛍丸の姿がどこか色っぽくてついつい見入ってしまう。


「…っは…ほた、る…っ」
「俺は、短刀みたいに子供っぽいから…いいんでしょ?これだって、子供の戯れみたいなものだよ…」


 そう、ちょっとマセた子供がやる戯れみたいなもの。だから、主は怒らないよね?なんて、艶を含んだ低音が耳元を撫でる。ぞくぞくと背中から這い上がる寒気とは違う震えに小さく体を震わせれば楽しげに喉を鳴らして蛍丸は笑った。
 

「ねぇ、主。せっかくの戯れなんだ…もうちょっとだけ、付き合ってよ」


 いいでしょう。と紡がれた言葉、それに疑問符はついていない。私には拒否する言葉を紡ぐことは許されないのだと、声の強さが物語る。再度重なった唇の温度とは違う、お腹に当たる別の熱を感じて、私は逆上せずにこのお風呂を出ることができないんだろうと、どこか諦め気味に頭の隅で考えた。




戯れる話


150615 執筆


まゆげ様、リクエストありがとうございました
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