hit記念企画 | ナノ
 目の前に広がる光景を見つめながら私はどうしたものかと思考を巡らせた。私がいるのは自室。いつもお茶菓子を食べる机の前の座布団に足を崩した状態で座っている。そして、その足の上に足を枕にするように乗っかり、腰に腕を回してひっついているのは近侍である蛍丸。この状態でかれこれ数十分すぎている。そろそろ足が痺れてきたので退いてもらいたいのだがいくら声をかけても蛍丸が足から退く気配はなかった。


「蛍丸ー」
「……。」
「ほたるさーん」
「……。」
「蛍丸ー、足が痺れてきたからそろそろ退いてくれるとすごく助かるなー」
「……嫌だ」


 小さく返ってきたのは拒否の言葉だった。自然と零れ落ちるため息は見逃してもらいたい。この状態で私はほんとに何もできないのだ。仕事用の机ならば仕事もできただろうが目の前にはもうかなり前に空っぽになってしまった湯呑しかない。暫くは携帯端末を弄っていたがそれも充電が赤くなったので使えない。そろそろ力づくでどかそうかと考え始めたとき、足の上の蛍丸に動きがあった。もぞもぞと体を起こしたかと思えば私の足を跨ぐようにして座ってくる。自然と向き合うような体制になった私たちは互いに見つめあう形になる。目の前の蛍丸の表情はどこか拗ねたような表情。何か気に障る事でもあったのだろうかと首をかしげていると、閉じられていた口が開く。


「なんで、俺に声をかけてくれなかったの?」
「え、と…」
「万屋。行くときに声かけてくれなかったでしょ」


 むすりとした表情をそのままに彼は不機嫌そうにつぶやく。万屋、と言われて私は、あぁ、と小さく呟いた。
 数時間前、本丸の備品が足りなくなったので万屋へと足を運んだのだ。その時、偶然蛍丸の姿はなく、私は山姥切国広に声をかけて彼と共に万屋へと行ったのだ。私は外で出かける時必ず一振りの刀と共に外に出る。もし出たときに奇襲を受けた際、対応できるようにしておかなくてはいけないからだ。
 ぎゅうと彼は私の体に抱きつく。その姿はまるで駄々をこねる子供のようだ。


「もしかして、声をかけなかったことに怒ってるの?」
「それもあるけど…いつも外に出るときは俺が一緒だから」


 ぐりぐりと肩口に額を擦り付け小さな声でもごもごと呟く蛍丸。どうやら、いつも自分が独占している場所に別の人物がいることが気に入らなかったらしい。これは俗にいうやきもちというものだろうか。それにしては随分と可愛らしい。
 思わず零れてしまう笑いに蛍丸は顔を上げると不機嫌そうに口を尖らせた。


「主、俺は真剣なんだけど」
「うん、そうだね。ごめん」


 それでも堪えきれない笑いが口元を抑える手の隙間から零れてしまって蛍丸の不貞腐れた顔は治らない。優しく頭を撫でても彼の機嫌はそのままで、それが更に私の笑いを誘った。


「蛍丸、まんばにやきもちやいてたの?」
「…別に、そんなんじゃない」


 言葉ではそう否定しても本人には自覚があるらしく、僅かに頬を染めて顔を逸らすその行為が肯定を示している。あぁ、可愛いなぁ、なんて思いが私の頬の筋肉を緩めた。


「ごめんね、本当は蛍丸と一緒に行きたかったんだけど、急ぎの用だったから。次はちゃんと置いていかずに声をかけるよ」
「…、本当に?」


 軽く顔を上げて私を見つめる瞳はどこか不安げだ。安心させようと優しく背中を撫でて軽く額に口付れば蛍丸は擽ったそうに身を捩る。


「本当だよ。次は一緒に買いものいこう。勿論、しっかり手も繋いでね」
「……!」


 ぼふん、という効果音が聞こえそうなほどに一気に蛍丸の顔は赤くなる。やっぱり図星だったかと笑えば彼は帽子のつばを下げて顔を隠してしまった。それでも私から離れる気配はなくて、むしろ更にくっつこうとするように抱きついてくるもんだから可愛らしくてたまらない。どこまでこの子は私の心を奪えば気が済むのだろう。さっきまで気になっていた足の痺れさえも、その行為でどこかへ吹っ飛んでゆく。とりあえず、もう少しこの姿を見ていたかったので、廊下の方から苦笑いを浮かべて私たちを見ていた光忠には後で行くというサインを送っておいた。




機嫌を損ねた蛍の宥め方


150706 執筆


なつき様、リクエストありがとうございました
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