hit記念企画 | ナノ
ひゅるりと頬を撫でる風に私は小さく体を震わせた。先ほどまで暑くて暑くてたまらずに、何度も脱ごうとしてはグリーンに邪魔されていた厚着の暖かさが物足りなく感じてしまう。すりすりと手袋をした手をこすり合わせて頬に当てると、ふんわりとした温もりが伝わってきてさっきまで感じていた寒さがほんの少し和らいだ気がした。


「ほら、もう少しだから頑張れって」


私の先を先導するように歩いていたグリーンが振り向いた。彼もまた私と同じように厚着をしている。むしろ、そうしなければこの山では入ってすぐに体が寒さで動かなくなってしまうだろう。強者を招き入れ、弱者を遠ざける。一定以上の力を認められたものしか足を踏み入れることを許されないシロガネ山。その頂上付近に今私達はいる。
なぜこんなところに私達は居るのか。それは、夏の暑さから逃げるためだ。本当は軽くシロガネ山のふもとで涼むだけでいいと思っていたのだが、心配性の幼馴染が山に行くならついでにずっとその山に引きこもっているもう一人の幼馴染の様子を見に行くと言いだした。最初は反対していた私だが、確かに彼が気になるのも事実。ぶつくさと文句を並べはしたが、そこまで抵抗はせずに大人しくついてきた。結局私たち二人は山に引きこもる幼馴染が心配なのだ。
私を吹雪から守るように傍にいてくれるウインディの体毛を撫でれば「ぐるる」と嬉し気に喉を鳴らしてすり寄ってきてくれる。その可愛い仕草に頬が緩んだ。




△▼△





「レッドー、いるかー?」
「食料持ってきたよー」


ぽっかりと口を開けている洞窟の入り口で奥に届くように少し大きめの声を二人で上げると、奥から黄色い獣が一匹姿を現した。てててっと嬉しそうに走ってくる黄色い獣改めレッドの相棒であるピカチュウ。その少し後ろから私たちの探し人であるレッドも姿を現した。


「グリーン、暇なの?少し前も来てたよね…」
「うるせっ」
「下は暑いからここに涼みに来たんだよ」


涼みにきたという言葉のわりに私たちの格好は防寒バッチリだがそこは気にしたら負けだ。軽い避暑地に行く気持ちでこの山を登るという事は、死にに行くのと同じだと私たちは知っている。
尚も無表情でグリーンに「暇なの?」と言うレッドと噛みつくグリーンの背を押して洞窟の奥へと歩みを進めていけば、そこにはレッドがいつも過ごしているスペースがある。もう荷物の置き方や配置が山男のそれとなっているがこれは突っ込んだら負けだ。
たき火を囲むようにして各々が好きな場所に腰を下ろす。まるで当たり前のように私を挟むようにして座る二人に自然と頬が緩んだ。


「最近挑戦者来てるのか?」
「ぼちぼち…」
「まぁ、登ってもここまで来る人ってなかなかいないからねー」


万全の防寒に十分な回復道具、どのタイプにも対応できる手持ち。そして何より、強いポケモンがいるこの山に入ろうという勇気。それがなければレッドが暮らしているところまでは来れない。
レッドが入れてくれた暖かなお茶を飲んで、私とグリーンはほっと息をつく。寒い吹雪の中を進んできた体に暖かなお茶はとてもよくしみわたる。
暫くの間たわいもない話をして、お互いの近況を報告しあう。レッドは強かった挑戦者の話。グリーンは新種のポケモンの話やジムの愚痴。私も仕事の様子と少しだけ愚痴を話した。いつもの場ならきっと零さないだろう自分の本音、それが言えるのは小さい頃から一緒で私の良いところも悪いところも知っている二人だからだろう。


「でも、こうやって三人揃うのって久しぶりだよね」
「確かに、大抵俺かナマエのどっちかがいないもんな」
「ナマエがいない方が多いけどね…」
「待って、グリーンってどれだけの頻度でここ来てるのレッド」
「…最低週一」
「ジムリ暇人なの?」


うわぁ、とあきれた視線でグリーンを見れば高速で目を逸らされた。どうせ事務仕事が嫌で逃げてきてるんだろう。今度ヤスタカさんにチクってやる。
けれどレッドがいうように私達三人が揃うのはとても珍しい。だからこそ、その三人が揃った記念にということで私は鞄からあるものを取り出して二人の目の前に出した。


「なんだ?急にどうした」
「せっかく全員揃ってるんだし、記念ってことで花火でもしようよ。下は夏だし!」


私の手に握られているのは一束の線香花火。本当は普通の花火や打ち上げ花火も持ってきたかったけれど、万が一荷物に引火などしたら困るのでやめておいた。レッドが本気で怒ると三人の中で一番怖いのを私達は知っている。


「でも線香花火って最後にやるやつだろ?せっかくやるならもっといいやつ持って来いよ」
「いいじゃん。これはこれで風流だし。ね?レッド」
「…僕に振られても困る」


そう言いながらも二人は私の手から一本ずつ線香花火を取っていく。火はたき火でつけて、ぱちぱちと燃え始めた三つの線香花火の音が洞窟内に響く。自然とお互いの口数は減っていて、それぞれが自分の持っている線香花火の火を静かに見つめていた。


「ねぇ、二人は今後どうするの?」


最初は大きく鮮やかに、そして次第に小さくなっていく光を見つめながら、ふとそんな質問が口から零れた。二人は突然の質問に驚いたように私を見る。それを見つめ返せば、緑と赤の瞳に私の顔が映っていた。


「別に、今後もジムリーダーは続けていく予定だ。まぁ、他の地方にいってみたいって思ってはいるけどさ」
「僕は…もうしばらくここにいる」
「そっか…」
「そう言うナマエはどうなんだ?何か予定あるのか?」
「私?私は、そうだな…」


このまま今やっている仕事を続けてもいいが、別の地方に赴くのも悪くはない。私たちはまだ十代だ。まだまだ自分の未来なんていくらでも自分の意志で変えることができる。うーん、と暫く考えて、私はゆっくりと口を開いた。


「今の仕事をやめて、トレーナーとして他の地方を回るのもいいかなって思ってる」


私の言葉に二人は驚いた表情を浮かべた。大抵こういう時私は今いる場所に居続けることを選ぶからだろう。でも、この二人と話をしていて、自然と私にも決まった道はなくて、自分がしたいように道を選んでいいと思えた。


「生活は不安定になるけど、手持ちの子と私の実力がどこまで通じるのか、試してみたいんだ」


新しい土地。新しい出会い。まだ見ぬ知らないポケモンや手強いトレーナー。それを考えると自然と口角が上がっていく。そんな私を見て、二人も楽しそうに笑った。


「お前、前よりレッドに似てきたな」
「え、なにそれ。どういう意味?」
「戦闘狂になり始めてるってことだ」
「僕、別に戦闘狂じゃないよ」
「いや、ちょっとそれは全部否定できない…。でも、グリーンだって戦闘狂なところあるでしょ」
「俺はレッド程じゃな…いってぇ!」


グリーンが言い終わる前に綺麗な手刀が彼の頭に落ちた。それに怒るグリーンと顔をそらして素知らぬ表情を浮かべるレッド。小さい頃から変わらないやり取りに自然と笑い声が零れた。笑い出した私につられるようにグリーンとレッドも表情を和らげる。


「まぁ、お前の人生だし、好きにすればいいんじゃねえか?何かあったら連絡してくれれば俺らも手助けするから」


グリーンの言葉に頷くレッド。優しく暖かな二人の言葉にじわり目頭が熱くなる。私の事を理解してくれて、間違えば真正面から止めに来てくれて、応援するときは全力でしてくれる二人。私は、本当にいい幼馴染をもった。口を開けば情けない嗚咽が零れてしまいそうで、言葉の変わりにこくりと頷けば、ぽたりと雫が一つ地面に後をつける。そんな私を見て、二人は両脇から優しく頭を撫でてくれた。




シロガネ山でそれぞれの行く道を語る


180227 執筆
180821 編集

投票、ありがとうございました

[目次へ]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -