hit記念企画 | ナノ
人の体に刃が入った時。それはどんな音がして、どんな感触がするんだろう。
文章や漫画では、ザクッ、とか、グサリ、なんて言葉で表されることが多いが、実際はそんなさっぱりした音ではないだろう。きっと、もっと重たく何か小さなものをぶちぶちと引き裂きながら肉の中に埋まっていくような音がするに違いない。


「…っ、げほっ…」


まるで少し大きめの咳をしたように出した音と一緒に、ごぼりと何かが私の口から吐き出された。粘り気があって赤い色のそれは、私が見つめる先の黒いものと地面を染める。
なぜ、こんなことになっているんだろう。自分の体に埋まっている黒いそれを見ながらぼんやりとした思考で考える。


「ナマエ!!」


なぜ、なぜ、と考える私の耳に届いたのは主任のひどく焦った声だった。いつも冷静沈着な主任はこんな声も出せるのか、なんて少しずれたことを考える。その間にもお腹からぐっと上がってくる吐き気のようなものがあって、数度私は口から赤い液体を吐き出した。


「しっかりしろ!ナマエ!!」


ずるりと黒い何かが私の体から抜けていく。それはとても硬く、そして赤く染まっていた。


「しゅ、にん…」


後ろにいるのであろう主任を見ようと体を動かすと、何故か足にうまく力が入らずに私はそのまま地面へと倒れた。見えるのは、広い空と、私を見降ろしている真っ赤な瞳を持つ人物。その人物の手はなぜか刀のようになっていて、それにはべっとりと赤い液体がついている。刀のようになっている、そう思ったのは刀を握っている手が見えなかったからだ。雑に切られた包帯のような布が刀と腕の接合部分を隠してしまっている。だから、まるでその人の体から刀が生えているように見えた。
地面を踏む音が近くで聞こえたと思えば、私の視界には主任の顔がうつった。抱き起してくれたようで、頭の後ろに手袋の感触がする。


「おい、しっかりしろ!聞こえているか!!」
「……聞こえて、ます…ですから、あまり……大きな声で、言わなくても…平気ですよ…」


あぁ、何故か口がとても重たい。本当はすらすらと言葉を発したいのに、私の口から紡がれた言葉はとても遅く、途切れ途切れだった。こぽり、とまた口から赤い液が零れ、それを見た主任が悲しそうに顔をゆがめる。今日は主任の新しい表情を沢山みるなぁ、なんてのんきな事を考えて軽く口元が緩んだ。


「気をしっかり保っていろ、すぐに御十義先生のところに連れていく」


だからしっかりしろ、と何度も繰り返す主任。そんなに何度も言われなくてもわかりますと反論したいのに、開いた口から零れたのはひゅーひゅーという息の音だけだった。さっきまではしっかりとしていた視界も次第にぼやけてきて、耳に高い金属音が響きだす。あれ、もしかしてこれはやばいのでは、と思った時にはすでに遅く「ナマエ!おい、聞こえているのかナマエ!」と叫ぶ主任の声が段々と遠ざかって、ぶつっと何かが切れる音を最後に、私は意識を手放した。




△▼△





「という夢を見ました」


少し離れた席で手を動かす主任にそう締めくくれば、主任は何とも言えない表情で私を見た。そりゃそうだ、書類作業をしている最中に、いきなり自分が死ぬ話をしだしたのだから。ほとんどの人が主任と同じ反応をするだろう。


「…まぁ、随分と大変な夢を見たんだな」
「あ、一応コメントくれるんですね」


てっきり「無駄口叩いていないで仕事をしろ」という感じで軽くあしらわれるかと思ったが、ちゃんと反応をくれる主任はとても優しい人だ。


「だが、なんでいきなりそんな話をしだしたんだ?」
「いえ、特に意味はないんですが、ふと今朝見た夢の内容をふっと思い出したので言ってみました」


ぺらり、と書類をめくる音が会話の間に響く。目の前の主任は返事を返してくれているが、その手はきちんと書類の上を動いている。話をふっている私も、口は動かしているが目と手は書類に向かっている。主任に話を振るときは、仕事の片手間にするのがいいと学んだのは最近の事だ。


「でも、夢だとしても主任の珍しい表情が見れて、なんか嬉しかったです」
「お前、普段は私の事をどう見てるんだ」
「冷静沈着で何事にも淡々と対応する主任です」
「なぁナマエ、ここに期限は先だがたまっている書類があるんだが…」
「それは勘弁してください」


流石にこれ以上書類を増やされてはたまったものじゃない。それに、質問された内容に答えただけなのだ、私は悪くない。目の前に広げていた最後の書類を片付けて、ふう、と一息つく。視線を主任へと向ければ主任も書類に一息ついたようで、お茶を優雅に飲んでいた。


「でもほら、言うじゃないですか。見た夢の話をするとそれは正夢にならないって。それも試してみたかったんですよ」


自分が殺される夢なんて誰でも嫌なはずだ。ただの夢だと思ってしまえばそれまでだが、気になる人は気になる。私は気になる方の人間なので、なんの証拠もないそんなおまじないじみたことを主任へと使ったわけである。中には内容を伝えてしまって、聞いた人がその続きを見てしまうなんて怖い話もあるけれど、この場合は大丈夫だろう。別に私は何かから逃げているわけでも、長い階段を下りているわけでもない、ただ死んだだけなのだから。


「別に他人に話さなくても、お前は滅多な事では死ななそうだがな…」


お茶から口を離して主任は私を見る。ただの夢の話だというのに、きちんと考えて返事をくれる主任は本当に真面目だ。そうですね、と返事を返しながら私も少し前に淹れたお茶を飲む。もうぬるいがこれはこれでおいしい。主任が選んでくるお茶はどれも外れがない、流石主任だ。


「それに、死ぬという夢は別の意味もあるしな」
「そうなんですか?」


あの主任がまさか夢占い的な話を知っているのか、と思わず主任を見てしまう。驚きの視線を送る私など気にしない様子で、主任はまた一口お茶を飲んだ。


「自分が死ぬという夢は、新しい自分に生まれ変わる、成長している、という証らしい。まぁ、キジから聞いた話だがな」


なぜ三葉主任とそんな話題になったのかが気になるところだ。でも、三葉主任の性格なので、自分の見た夢と占いの内容を誰かに伝えたかったときに、うちの主任が通りかかったのだろう。それか休憩室で出会った時にでも聞いたか。どっちも確率的には半々だ。うーんと考える私の視線の先にいる主任は、休憩は終わったらしくまた新しい書類を手元に広げている。合わせるように慌てて新しい書類へと手を伸ばしていると「ナマエ」と名を呼ばれた。


「不安になるのもわかるが、お前はそう簡単に殺されるほどやわではない。そうならないように私が指導もしている。だから、あまり気にするな」
「……!…はい、ありがとうございます」


主任にとっては当たり前の事実を述べただけの言葉なんだろう。けれど、私にとってこれ以上に心強い言葉はなかった。自分が殺される不安。刑務所という場所で働いている以上、必ずついてくる危険。それを承知で私は此処で働いているが、やはり心の隅にはいつ死ぬかもしれない仕事についていることへの不安があった。きっと夢はそれが出てしまったのだろうという考えもあり、主任に話したところもある。そんな私の不安を、主任の言葉は吹き飛ばしてしまった。
もう主任の意識は書類へと向かってしまっている。でも、これだけは伝えたくて私はまた口を開いた。


「主任、私、もっと頑張ります。頑張って、主任くらい強くなります」


主任はちらりと視線を向け、ふっと口元を少し和らげて言った。


「あぁ、期待している」




四舎の主任と夢の話をする


180227 執筆
180307 編集

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