hit記念企画 | ナノ
※連載:ぶらり、ブラック本丸巡りの旅、の番外編となっています




 この本丸に来てから数日が経った。掃除はなんとか進み、淀んでいた空気もいくらか綺麗になってきたと感じることができるくらいには澄んできた。順調とは言いずらいが進んでいる、本丸の掃除は。しかし、問題は刀剣の手入れの方だ。ほとんどできていない、というのが今の現状である。拒否されてもなんとか手入れをしようとはしているのだ。しかし、ある者は逃げ。ある者は姿を現さず。ある者には警戒され、攻撃までうけてしまった。傍に常に国広がいてくれるおかげでなんとか命はあるし、五体満足でもいられているのだが、本命の仕事ともいえる部分ができていないのでナマエは悩んでいた。


「いっそ、飲み物にでも薬入れてその隙にとかやったらだめかな?」
「やったら更に警戒されるだろうな」


 投げやりで出した提案は国広の言葉で真っ二つに切り捨てられる。ならばどうすればいいのか。刀剣男子ではないので彼らとやりあえるほどの力を持っていない。他の審神者ならば霊力などで多少は対抗できるらしいが、そんな事した日には私は疲労で手入れどころではなくなってしまうだろう。我ながら自分の力のなさには涙が出てくる。


「あー…終わる気がしないよこんなんじゃ」


 ぐったりと机に突っ伏せば、向かい合う様に座っていた国広の口からはため息が漏れる。そんなあからさまに呆れた声を出されると主泣くぞ。全力で泣くぞ。
 大体、政府も政府だ。力が少ない私を本丸の掃除に回したところでたかが知れているだろうに。行って、死体になって、はい、終了。さよならだ。
 うぅ、と唸り顔を机に擦り付ける主を見ながら国広は再度小さくため息をつく。自分の主が精一杯頑張っているのは彼も知っている。けれど、彼女の持っている力はこの仕事に不向きな事も彼は知っているのだ。
 そして、国広自身もこの仕事をするためには力不足なのを自覚している。主の初期刀であり、彼女と長い付き合いで性格なども熟知しているのは確かだが、そこまでしっかりと重点的に育ててもらったわけではない。他の刀と肩を並べて育っているのだ。なのになぜ彼女は一番のお気に入りだった蛍丸を選ばずに自分を選んだのか。すでにその疑問は彼女にぶつけて、しっかりとした答えも貰っているが、それでもまだ国広は半信半疑だった。なぜならば。


「蛍丸達、元気にしてるかな…」


 と、ふっと思い出したかのように呟くことがあるからだ。確かに、自分以外のすべての刀は記憶を消したうえで元の本丸に残された。自分が降ろした者でもあるから気になるのはわからなくもない。けれどやはり、そう零されると自分では不満なのではないかという不安が胸の中に渦巻いてしまうのは確かだった。


「なぁ、主」
「なに?まんば」


 国広は、軽く被っている布を引き下げ、ナマエに問いかける。


「写しの俺では、やはり不安か?」


 ナマエは、少しだけ驚いたように目を見開いて国広を見た。けれど、すぐに柔らかな笑みを浮かべて「そんなことない」と否定の言葉を紡ぐ。


「前にも言ったでしょ?私は、まんばがいいんだよ。だからまんばと一緒にここにいるの」
「けど、蛍丸や他の刀の方が力は強いだろ」
「まぁ、そうだけど。そこを入れても私はまんばとこの仕事をしたいって思った。だからまんばを連れてきてるんだよ」


 本当にそうなのだろうか。主は本当にそう思ってくれているのだろうか。一つ考えてしまえばそれはすぐに大きな不安となって国広の胸に広がってゆく。元々ネガティブ思考な事もあってか次第にうじうじとした雰囲気が彼を包み込み、全体的にどんよりとした雰囲気を垂れ流し始めた。


「まーんーばー」


 頭上から降ってきたのは、そんな雰囲気を吹き飛ばすようなのんびりとした声。布の上から自分の頭を撫でる手の感触に顔を上げれば、机の反対側から身を乗り出して自分と目を合わせる主の姿があった。覆面で隠されていないので見える主の表情は柔らかい。子供にするように撫でる手は優しく、次第に国広の胸に広がっていたネガティブな思考は暖かい日差しに当たった雪が溶けるようにゆっくりと消えていった。


「今言ったことは嘘でもないし、ましてや無理して言ってるわけでもないよ。全部私の本心だから」
「本当か?」
「うん。だから安心していいよ」
「……わかった」


 小さく頷けば満足したように主は離れてゆく。遠ざかっていく温もりに少し名残惜しさを感じつつも、俯いていた顔を上げた。そこに見えるのは変わらず微笑みを浮かべる主の姿。
 それを見ただけで、下がってた気分が上がってしまう自分も相当の主好きだと思いながら、国広は僅かに表情を和らげた。




掃除屋と初期刀


150516 執筆


田河様、リクエストありがとうございました
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