鶴丸国永という刀は、人を驚かすことに全力を尽くす付喪神である。それは、他の本丸からあげられている報告からもわかる事。勿論私の本丸にいる鶴丸国永も例外ではない。
ある時は後ろから、ある時は横から、またある時は下からとありとあらゆる場所から顔をだし、人を驚かせる。
だが、悪意のある驚かしをすることはない。ただちょっと相手が驚いてきょとんとした顔やぎょっとした顔を見ることが彼は好きらしい。
「驚きのない人生なんて、死んでいるのと同じようなものだ」
それが、以前近侍として私の傍にいた彼が零した言葉。そして今日も、本丸のどこかで彼の手にかかった者の驚いた声が響くのだ。
「鶴丸はさ、ほんと人を驚かすことが好きだよね」
「どうした?藪から棒に」
久々に鶴丸を近侍にして、縁側でのんびりとお団子を頬張りながら零した言葉に鶴丸は不思議そうに私を見た。
「いや、ここ最近毎日のように鶴丸の犠牲者の声が聞こえるもんだから。ほんと人を驚かすのが好きなんだなーって思ってさ」
冗談ではなくほぼ毎日聞こえるそれに、最初はおどおどしていた短刀達でさえも「あぁ、またか」という顔をするようになってきたレベル。大抵被害者になるのは私や気の弱い短刀、あとは油断している刀達。だが、最近はやけに私に驚き行為が仕掛けられているように思えて仕方ない。被害妄想かもしれないが、前よりも回数がぐんと上がっていることだけは確かだ。
「まぁな、驚きを与えることが俺の生きがいと言っても過言じゃない」
「別の生きがいを見つけてくれ、頼むから」
「無理だな、俺は人の驚いた顔が大好きなんだ」
バッサリと切り捨てられた願いに思わず項垂れる。はっはっは、と楽しげに笑う白い刀に対して若干の殺意すらも芽生えたが、いくら注意しようとそれが彼の根本でもあるので変わるわけもない。逆に一々注意するとこっちの気力が吸われるので達が悪い。
じとりと恨めしげに近侍を見れば、愉しげに歪んだ金色の瞳が私を映す。
「それに、刺激のない人生なんて楽しくないだろう?」
そう言ってにんまりと弧を描く口元。その表情は本当に楽しげで「あぁ、こりゃいくら注意しても聞く気ないなこいつ」と私に悟らせるには十分な威力を持っていた。
確かに刺激のない人生なんて楽しくないし、人を驚かせることが好きなのは彼の個性ともいえるので目は瞑ろう。しかし、である。だからといっても最近の私に対する驚きの仕掛け具合はいかがなものか。
私、何か気に障る事でもしたのだろうか、と本気で考えるくらいには、彼の手で施された行為で私は悲鳴を上げている。それだけはどう言われようと納得がいかないのも事実。
「けどさ、それにしては最近私ばっかりその被害にあってる気がするんだけど」
むっと口をとがらせていえば、鶴丸は少し考えるようなしぐさをした後、「そう言えばそうだな」と同意の言葉を零した。
「いや、なぜか主を見ると驚かしたくなる衝動に駆られるんだ」
「いやいや、意味わからないから。何?私から驚かしてくださいオーラでも出てるの?」
「そうかもしれないな!」
いい笑顔で言い放つ鶴にもはや私は返す言葉が見つからずに深いため息が出た。それでも鶴丸は横で楽しげに笑う。
「そんな事言ってるけどさ、もし私が死んだりとかしていなくなったりしたらどうするのさ」
まぁ、他にも驚かす相手はいるだろうから驚きには事欠かないだろうけれど、それでも私が彼の前から姿を消したとき、彼はどうするのだろうか。そんな疑問でつい聞いてみたが、そんな質問は彼の前でするべきではなかったと、私は次の瞬間に心から後悔する。
向けた視線の先には、さっきまでの笑顔はどこへやったのか、今にも泣きそうな顔をした鶴丸の顔があったからだ。
「鶴丸…?」
思わず名を呼べば、はっとしたように彼は顔を逸らす。
その表情は白い髪で見えないが、まとっている空気が暗く、悲しいものへと変わっていた。
まさかそこまでの反応を示されるとは私も思っていなかったので、どうすればいいか分からない。とりあえず「ごめん、変な質問して…」と謝れば「いや、主が謝る必要はない」と繕った笑みを向けられる。そしてそのまま金色の視線は私ではなく空へと向けられる。
「だが、そうだな…主がいなくなったら……少し、寂しくなるな」
それは、驚かす相手が少なくなるから、という理由ではないのだろう。そっと伸ばされた手が私の手を包んでぎゅっと握る。その握り方が、私には親にすがる子供の手の様に見えた。
「俺は、主が驚いた後の顔が好きなんだ…他の奴を驚かしたときの顔より、何倍も。主は、俺が驚かすと、びっくりしたあとに笑うだろう?俺は、その表情を見るのが好きなんだ」
彼の視線が私に向けられることはない。けれど、繋がれた手に少しだけ力が入る。
確かに私は彼に驚かされたあと、大抵笑ってしまう。別に嫌がらせで驚かしているわけではないというのと、彼の予想もつかない驚かしと、その後の「どうだ!」という無邪気な子供のような顔が可愛らしくて、自然と笑いが零れるのだ。その顔が好きなのだと、鶴丸は言う。
「だから、主がいなくなって、そんな主の表情が見れなくなるというのは…主に会えなくなるのは、とても悲しい」
私の方を向いて笑った彼の笑顔は、とてもとても寂しそうな笑顔だった。
「いなくならないよ…」
いつの間にか、私の口からはそんな言葉が零れていた。少し驚いたような表情をした鶴丸の手を今度は私の方からしっかりと握り返せば、その手は小さく震える。
「絶対に、いなくならない。鶴丸が寂しい思いを、悲しい思いをしないように、私はずっとここにいるよ」
ゆらゆらと揺れる金色の瞳をまっすぐに見つめて、はっきりと気持ちを言葉に乗せる。そんな私を見て、鶴丸はどこか泣きそうで、けど、どこか嬉しそうな顔で笑った。
真っ白な太刀151107 執筆
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