hit記念企画 | ナノ
 僕等の主が結婚する。そんな報告が僕の耳に届いたのは数日前の事だった。
 相手も審神者らしく、月に一度行われる審神者会議で出逢い、話をしたのがきっかけらしい。
 自分達の主が他の男の元へと嫁いでいく。その事に対しての刀の反応は様々だった。驚く者やショックを受ける者、おめでとうと祝福する者…そして、静かに己の気持ちを押し殺して準備の手伝いをする者。兼さんは、その中で最後の人物に当てはまる。

 今日は主さんと主さんの相手が式を挙げる日だ。
 まるで二人を祝福するように、本丸の空は快晴で雲一つない。そんな中、僕は主さんの部屋へと向かっていた。


「主さん、入ってもいいですか?」
「あ、ちょっと待って!」


 閉じられた襖の奥から少しだけ焦った声が聞こえ、そして「おら、早くしろ」「いや、待って待ってそんなに早くできないから」と焦った声とあきれた声が聞こえてくる。それは今日だけじゃなくいつも聞こえてくるやりとりで、抑えきれずに零れてくる笑いを必死にこらえていると「いいよー」と入室の許可が下りる。


「失礼しますね」


 一言断って襖を開けば、そこには全身を白無垢で包んだ僕たちの主さんがいた。
 整えられた髪に仄かに朱に染まった頬、まるで柘榴を思わせる赤い唇。ほう…と思わず見とれてしまうのは仕方のない事だと思う。


「あの、堀川君、へ、変じゃないかな…?」
「全然。とっても素敵ですよ、主さん」


 不安そうな主さんを安心させるように微笑み、そっとその手を取っていえば、ぱっと花が咲いたように嬉しげな表情へと変わる。


「当たり前だろ、このオレが支度を手伝ったんだからな」


 ずっと主さんの横で僕らのやり取りを見ていた兼さんは自信満々に言う。ずっと近侍を務めていたのは自分、だから支度も自分がやると自ら名乗り出たのが兼さんだった。着物選びから化粧、髪を結うところまで。そのすべてを兼さんが行った。
 ふふん、と得意気な顔の兼さんに主さんは嬉しそうにお礼を言うと、他の刀剣にも自慢してくると言って自室から出ていく。


「はしゃいで転ぶなよ?せっかくの支度がぱーになるからな!」
「そんな子供みたいなことしないってば!!」


 小さくなっていく足音と共に返ってきた返答に兼さんは苦笑を零した。しばらくして訪れた静寂。遠くからは主さんと刀剣達の声が微かに聞こえてくるが、僕と兼さんがいる主さんの部屋の周りはとても静かだった。


「いいの?兼さん…」
「何がだ?」


 兼さんは開いた襖へと視線を向けたまま僕を見ようとしない。問いかけの意味はきっと彼も分かっているはずだ。それでも兼さんはとぼけたような返事を返す。僕は同じように襖に向けていた視線を兼さんへとまっすぐに向けて再度問いかける。


「主さんに気持ちを伝えなくて、本当にいいの?」
「……。」


 返事は、なかった。ただ、僅かに伏せられた視線が、彼の気持ちを語っている。

 主さんへ向けられた兼さんの気持ちが僕らと同じ信頼などの気持ちでないとわかったのは本当に偶然だ。縁側で兼さんに膝枕をしてもらっていたらしい主さんがいつの間にやら眠りにおちて、それを見つめる兼さんの姿を僕は偶然にも見てしまった。
 それは明らかに主へと向ける眼差しではなく、愛しいものへと向ける優しげな眼差しのそれだった。
 けれど、兼さんは自分の気持ちを主さんに伝えることはしなかった。雰囲気どころか、それを感じさせる仕草さえなく、ただ近侍として兼さんは主さんの隣に立ち続けた。


「いいんだよ」


 小さく小さく兼さんの口から言葉が零れる。
 その瞳はまだ襖の先へと向けられている。そこから入り込んだ風が僕と兼さんの髪と戯れていく。顔にかかる髪を退けることもなく、兼さんはまた言葉を紡ぐ。


「あいつが幸せなら、それでいいんだ」


 きっと、僕には想像もできない葛藤が彼の心の中ではあったに違いない。それでも、主さんの幸せを心から願うからこそ、静かに自分の気持ちに蓋をした兼さん。そんな優しい彼だからこそ、僕は彼の助手として彼の横に立とうと思えた。彼を横で支えられる刀になろうと思えた。


「やっぱり、兼さんはかっこいいね」


 不意に紡がれた僕の言葉に、兼さんは一瞬きょとんとした顔をして、そして、笑って言った。


「当たり前だろ?オレはかっこ良くて強い刀だからな」




かっこ良い太刀


151107 執筆

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