薬研藤四郎は短刀とは思えない性格やしぐさをする短刀である。一部では兄貴とはやし立てられ「お前のようなイケメンな短刀がいるか!」という言葉などが飛んでいる。
かくいう私も同じ意見を飛ばす者で、そんな私の近侍はその兄貴と言われている薬研藤四郎である。
近侍にしたことに対する理由は、ただ、彼がそれなりに古参の刀で、私の仕事などをよく分かっているから、という単純な理由である。のったりと自分のペースで仕事をこなす私の隣で、彼はテキパキと効果音が見えてくるような手つきで仕事を消化していく。
スピードは長谷部に劣るが、仕事の正確さや処理能力はほぼ互角。経験は薬研藤四郎の方が高いので、私の本丸で一番仕事ができるのは薬研藤四郎だった。
太陽が真上から少しずれた時間帯。ぎりぎりに保っていた集中力も残り少なく、遅い筆が更に遅くなってきた時だった。向かっていた机に影が落ちたかと思えばとんとんと軽く肩を叩かれる。若干死にかけている目を横に向ければ、そこにいるのは苦笑いを浮かべている薬研藤四郎。
「大将、少し休憩にしようや」
茶菓子も用意したからさ、と優しく微笑んで指さす彼の方向を見ればいつの間に用意したのか机の上に二人分のお茶と茶菓子が置かれている。
「うん、そうだね…」
疲労を隠さずに返事を返せば「お疲れさん」と頭を撫でられる。本当に彼は短刀なのだろうか。そう真顔で考えてしまうくらいに、薬研藤四郎の仕草は大人びている。
「そういえば大将、政府からまた新しい手紙来てたけど、何かまた新しい報告でもあったのか?」
「んー?あー…あれね…」
先日こんのすけから渡された一通の手紙。内容は近々実装されるユイノウカッコカリという制度の内容だった。簡単に言えば一人の刀剣男士とケッコン、つまり夫婦になるという制度。なんで付喪神とそんなことを、と思ったが後に続く文章に私の興味はそそられた。夫婦になった刀剣男士は、練度上限以上の力を発揮することができるらしい。つまり、今以上に強くなり戦力となりうるのだ。これは興味を引かないわけがない。しかし、だからといって一人と夫婦になるなんて気持ちはさらさらない。
総合して、スルーしようという結論に至った私はその手紙を棚の奥深くにしまい込んだ。その時も近侍は薬研藤四郎だったので、私のその行動を見て不思議に思ったのだろう。
事をかいつまんで説明すれば、暫く考える素振りをしたあと薬研藤四郎はじっと私を見つめてきた。
「じゃぁ、大将は誰ともその制度をする気はないんだな?」
「まぁね。確かに更に強くなるって言うのは理想的だけどさ、一人にしぼるという時点で難しいし、その後の周りの対応も大変そうだから」
特に綺麗好きの打刀あたりはヒステリーを起しそうでならない。ふぅ、と小さく息をはいて丁度いい温度のお茶を飲む。
「それに、まだ結婚とかそういうの、私は考えるつもりもないからね…」
仕事に追われ、書類に負われ、刀剣との生活に追われ、そんなゆっくりと息をつき夫婦になる相手を探すなんて気持ち自体今は持ち合わせていない。
「そっか…」
お茶を飲む私を紫色の瞳がじっと見つめる。どうかしたのかと首を傾げれば、薬研藤四郎は何でもないという風に苦笑いを浮かべた。
「けどそうか、そう考えるといつかは大将も嫁にいっちまうんだなぁ」
しみじみと呟いている薬研藤四郎に「いや、すぐにはいかないけどね?」と返しても効果はなかったらしい。うんうんと何度か頷いているだけだ。お前は私のお父さんか。
「いつかって言っても、ほぼありえなさそうだけどね。こんな私を嫁に貰う人なんてさ」
ばきり、と煎餅をかみ砕きながらそう零せば薬研藤四郎は一瞬きょとんとした顔をしてから、なにやら悪戯を思いついた子供の様ににやりと笑った。あ、それは悪い考えをしている時の顔だ。
「なら大将、いつまでたっても大将に嫁の貰い手ができなかったときは」
ふっと顔に影が差したかと思えば、煎餅を食べていた手がいつの間にやら彼の手に捕えられていた。やたら近く、いつもよりよく見える紫色の瞳を綺麗だなーなんてのんきに考えながら見ていれば、こつんと額を軽くくっつけて薬研藤四郎は口角を上げて笑う。
「俺っちが大将を嫁に迎えてやるよ。だから安心しな、大将」
僅かに弧を描く瞳と口元。あぁ、やはり彼は短刀らしからぬ大人の色気を纏っている。だからこそ私は声を大にして言いたい。お前のようなイケメン兄貴な短刀がいてたまるか、と。
兄貴肌な短刀151112 執筆
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