hit記念企画 | ナノ
 彼はとても自信家で、努力家で、とても目立つ人だった。どこにいっても沢山の声がかけられて、いろんな人が彼の元に集まってくる。それに彼は誰もが見惚れるような綺麗な笑顔で応えていく。きっとそれは彼が生まれもった特技なのだろう。

 小さい頃から隣にいた私ともう一人の無口な幼馴染は、そんな彼の後ろから高い壁を見るように彼の背中を見つめていた。
 それは旅に出てからも同じで、先に先にと行ってしまう彼の足跡を追う様に、私たちは旅をした。ジムに行けば必ず彼の名前が刻まれている。街に行けば必ず彼が先についている。まるで追いかけっこの様に、私は彼の足跡を追い続けた。
 それは、旅が終わった後でさえ続いていて、これは私達どちらかが死ぬまで続くのではないか、そんな気さえした。


「なんかさー、距離がもっと離れた気がするよ」
「なんの距離だよ」


 彼の姉であるナナミさんが入れてくれた紅茶を一口飲みながら愚痴れば呆れたような視線が向けられる。久しぶりに休みが取れたので、久々にナナミさんの美味しいお菓子をと計画して訪れた彼の家。てっきり彼はジムに行っていると思いきや、なぜかナナミさんの隣に立っていた。
 流石にこれは予想外だと帰ろうとすれば笑顔のナナミさんに腕を掴まれ、あれよあれよという間に彼の部屋に通され紅茶とお菓子が出された。流石に此処までおもてなしされたのに帰りますなんて言いだしずらく、久々に訪れた彼の部屋の隅に座って紅茶を飲む。
 丁度いい温かさでほんのりと甘い紅茶。やっぱりナナミさんの入れてくれる紅茶は最高だとしみじみ思いながら飲んでいれば「おい」と声がかけられた。


「無視するなって、距離ってなんの距離だよ」
「心の距離」
「人様の家に図々しく上り込んでる奴が言うな」
「違いますー。ナナミさんが進めてくれたから私は上がったんですー。グリーンに言われていたら即刻帰ってますー」
「お前…」


 びきりと若干のいら立ちを見せる顔に、べっと舌を出してやれば目の前のクッキーが数枚消えた。


「ちょっと、それ私の分!」
「部屋の主にそんな口をきくやつに、姉ちゃんのクッキーはやらねえ」
「相変わらずのブラコンめ!」
「誰がブラコンだ!」


 ぎゃいぎゃいと言い争っているとタイミングよく扉がノックされて笑顔のナナミさんが入ってくる。


「あらあら、相変わらずナマエちゃんとグリーンは仲がいいのね」
「「よくない!」」


 見事に重なった返事にナナミさんはまた少しだけ笑みを深くして紅茶のおかわりを置いていった。ひとしきり言いたいことを言い合って暫しの休息。自分を落ち着けるように紅茶を一口飲んで目の前のツンツン頭を見る。向かいの自分の椅子にどっかりと座ったグリーンもじとっとした目で私を見ている。


「で、話を戻すがなんの距離だよ」
「え、それ掘り返すの?どんだけ気になってるの」
「うるせ。早く話せ」


 次おちょくったら残りも没収するぞ、という威圧感を放ちながらグリーンは私を見る。そこまで気にすることでもないだろうに。どうしてそんな些細な事を気にするのかと、どこか呆れつつも渋々口を開いた。


「そこまで重要な事じゃないってば。ただ、ちょっと私とグリーンの間には世間体とか人付き合いとか…あとはバトルの実力とか、そういうのに距離があるなって思っただけ」
「バトルの実力はお前の努力が足りないだけだろ」
「黙れツンツン頭!」
「誰がツンツン頭だ!」


 バトルの実力は確かに彼が言うとおり私の努力が足りていないのが原因なのは分かっている。分かってはいるが、それを他の相手に言われるとなぜかむかつく。特に目の前の幼馴染に言われるほど腹が立つことはない。何故かはわからないけれど。


「とにかく!なんか距離を感じるんだよ…バトルの実力は置いといても」


 旅が終わった後、幼馴染の一人はチャンピオンに、もう一人はジムのジムリーダーになった。二人とも一時は世間の新聞やテレビを騒がせ、歩けば誰もが「あ!あの人は」となるくらいには有名人となっていた。
 けれど、私はどうだ。ジムバッチは全て集めた。回れる場所はすべて回った。けれど、最後のリーグには挑戦せずに、一足先にマサラタウンに戻ってごく普通の仕事を探してそこに身を置いた。
 人から一目置かれる彼等とは違う、どこにでもいそうな一般人の道を歩む私には、隣できらきらと輝く彼らが眩しくてたまらない。眩しすぎて、隣に立つことすらも烏滸がましい様に感じてしまう。

 確かに前から距離は感じていた。けれど、旅を終えてから更にくっきりとした距離が、私と彼らの間には出来た様に見えるのだ。


「グリーンやレッドは、チャンピオンやジムリーダーをして…なんというか、有名人じゃん?だけど私はそういうのじゃない、ごく普通の一般人だから。何のとりえもなく、ただ日々を生きている一般人。なんか、そう考えると、私とグリーン達の間に距離があるように感じて…」
「……。」


 段々と小さくなっていく声と俯いていく顔。私はなんて情けないんだろう。こんなことをいっても彼を困らせるだけだというのに。
 グリーンは一言も言葉を発さずに、ただじっと私を見続けた。呆れられてしまっただろうか、面倒な奴だと思われてしまっただろうか。そんな不安が私の頭を埋めていく。
 不意に、椅子の音がしたと思ったら頭に重力以外の重さがのる。少しだけごつごつして暖かなそれは、グリーンの手だった。


「グリーン?」
「お前は…なんでもかんでも考えすぎなんだよ。確かに俺とレッドは有名人とかイケメンジムリーダーとか言われて、もてはやされてるけど」
「おい、さりげなく自慢したな、今」
「黙って聞け」


 べしっと頭にくる軽い衝撃に小さく唸る。大人しく口を閉じた私を確認してから、グリーンはまた口を開いた。


「それでも、そんなの俺達は鼻にかけてない。有名人だからって理由で幼馴染のお前を無下に扱ったことあるか?家やジムに遊びに来たお前を、門前払いしたことあるか?」
「……ない」
「だろ?俺はお前との間に距離なんて感じてない。むしろ、こうやって自然体でいられる数少ない存在だって思ってる。多分、レッドだってそうだ…あいつ、お前や俺の前だとよくしゃべるけど、他の奴の前じゃほぼ無言なんだぜ?」


 わしゃわしゃと少しだけ乱暴に撫でられる頭。グリーンが紡ぐ言葉はゆっくりゆっくり私の胸に染み込んでいく。


「お前は俺とレッドにとってはかけがえのない大切な幼馴染だ。だから、距離を感じるとか、そんな寂しい事言うな…」


 ぽたり、と私の服にシミができる。次第に増えていくそれと、震える肩を見ながらグリーンは小さく苦笑を零した。

 全ては私の考えすぎだったらしい。距離を感じると思っていたのは私だけで、彼らは最初から何も変わってはいなかった。ずっと私の事を大切に思ってくれていた。勝手に距離を取ってしまっていたのは私の方だったのだ。
 溢れてくる涙を必死に拭っていると不意に柔らかな温もりに包まれる。目の前には見慣れた色の上着があった。そっと顔を上げればいつもの見慣れた顔がある。片手で私の肩を引き寄せて抱きしめているグリーンは、どこか照れくさそうに笑いながら言った。


「ほら、距離なんてねえだろ?」




トキワジムのジムリーダー


151118 執筆

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