hit記念企画 | ナノ
 彼女の存在を知ったのはいつだったのか、それは今でも鮮明に思い出すことができる。それは、肌寒い北風が吹く季節。
 古い年が去り、新たな年がやってくる時期に彼女は己が祀られている神社の巫女という形でやってきた。
 どうやら、今年は人手不足らしく、それを補うためにバイトという形で人を雇ったらしい。その中に交じっていたのが彼女だった。
 どこか眠たそうにして説明を受ける彼女を私は少し離れたところから見つめていた。いつもとは違う人間がやってくるというだけで、新鮮味があり、どこか興味のようなものがわいていたのかもしれない。

 実際に働き始めた彼女の動きはとてもよかった。言われたことはすぐに理解し、小さなことにも気が回る。どうやら他の神社でも巫女のバイトをしていたらしい。
 彼女の体から漏れ出す神気がそれを物語っていた。それはまるで彼女を守るように常に彼女に付き添い、周りを包み込んでいる。どうやら、相当そこの神に彼女は気に入られているらしかった。別の神がいる場所にまで守りの力を送られる彼女に、私の興味はますます駆り立てられる。

 湧き出る興味に逆らえず、私自身の姿は誰にも見えないことをいいことに、彼女の傍について回った。お守りを売る隣でその様子を眺めたり、ご祈祷を行う横でお神酒を注ぐ役割として立っている横に同じように立ってみたり。賽銭袋を持って境内の中を歩く彼女の後ろを犬の様についていったり。
 我ながら危ない行為をしているとは理解できているが、彼女の仕草一つ一つがとても新鮮で、興味がわいた。
 だが、彼女に私の声は届くことはない。この手が彼女の体に触れることもないし。ましてや彼女の視線が私をとらえることもない。それが、なぜか無性に寂しかった。

 新たな年も明けて数日が経った頃。


「お疲れ様、これが今回のバイト代。少しだけ気持ちも入れておいたから」
「ありがとうございます」


 神社の宮司と巫女服姿の彼女との間で行われるやり取り。それを眺めながら私は悟った。
 あぁ、今日で彼女は此処に来なくなってしまうのか、と。決められた期間だけ働く契約だったのだからそれは当たり前のことだけれど、もう彼女に会えない、そう実感するととても悲しかった。

 一言でもいい、彼女と言葉を交わせたらどんなにいいか。彼女の頭を撫でながら「お疲れ様」と声をかけられたらどんなにいいか。刀の付喪神である己には到底できないことだけれど、それをしたいと思うほどにいつの間にか私は彼女に惚れこんでいたらしい。
 着替えを済ませ、黒いペンキを零した様に暗い外へと出てきた彼女を私はただじっと見つめる。そのまま帰ってしまうのかと思いきや、彼女は徐に本殿へと続く石畳の道を歩き出す。

 神の道と言われる真ん中を避けて賽銭箱の前に立った彼女は鈴がくっついている麻縄を揺らして静かにお祈りをし始めた。
 きっといつも働いている神社でもやっていることらしく、参拝の作法もしっかりとしていた。


「数日間の間でしたが、御世話になりました」


 声に出していない彼女の気持ちが私の耳へと届く。此方こそ、と返したかったがそれもかなわない。手を合わせ、目を閉じる彼女を私は隣で見つめる。


「この数日間、此処で働けてとても楽しかったです。声を聞くことも、姿を見ることもできないけれど、神様の存在が、ずっと私の近くにあるような気がしました」


 どきり、と彼女の言葉に胸が跳ねる。横の彼女はゆっくりと瞳を開くと、小さく微笑んで口を開く。


「見守っていてくださって、ありがとうございます」


 今度は気持ちじゃない、しっかりとした言の葉となって紡がれた感謝。ふわりと、自身の体が暖かな気持ちに包まれる。心からの感謝は、その感謝を言われた神にも作用する。彼女から私へと伝わってくる純粋な感謝の気持ち。心地よい、思わずそう思わずにはいられない暖かさだった。


「また来ますね」


 深々と頭を下げて踵を返し、彼女は来た道を戻り始める。私はその場を動かずに、その背中を見つめていた。


「待ってるよ」


 ふいた風に載せるように言葉を紡ぐ。きっと彼女には聞こえないだろうと言った言葉だったが、その風が彼女に届いたとき、どこか不思議そうに彼女は振り返り、そしてもう一度小さく頭を下げて帰って行った。

 その後、審神者となった彼女と再会し言葉を交えられる日が来るなんて、その時の私には予想することさえできなかった。




優しい大太刀


151106 執筆

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