それは季節の変わり目の事だった。元からそういう時体の調子が悪くなってしまう私は、気を付けていたにも関わらず風邪を引き、現在進行形で床に臥せっている状態だ。
我ながら情けない。審神者という職に就いてからそういうことはないようにと気を付けていたつもりだったのに。
「けほっ…」
静かな部屋に私の咳をする音だけが響く。体が怠く、喉も痛い。完全に風邪引いたなぁとふわふわする頭で考えながら目線を動かして部屋の中を見回す。
外から聞こえてくるかすかな音。きっと今日の仕事の分担や出陣の指示は近侍の山姥切国広が出してくれたのだろう。風邪をひいてる私を気遣ってくれているのか、私の部屋の周りはとても静かだった。
けれど、それが逆に私にとって心細く感じる。こういう気が弱っている時は誰かにいてもらいたいもの。それは私にとっても例外じゃない。かといって仕事をしている刀剣達の邪魔をしたくないという気持ちもある。
少しだけ重たい羽毛布団を頭まで引き寄せて潜り込む。さっきまで眠っていたから眠気などとうに吹き飛んでしまったが、こうしていればいつかはまた眠気が顔を出すだろう、そう考えていた時だった。
「主…」
障子の向こうかな小さな声が聞こえてきた。
のそのそと顔を出せば見慣れたシルエットが見える。
「起きてる…?」
「起きてるよ…」
「入ってもいい?」
「うん、いいよ」
微かに障子が動く音がして顔を覗かせたのは大和守安定だった。その顔はとても不安げで、揺れる瞳は今にも泣いてしまいそうなほど。
安定は私の横までくると静かに腰を下ろして布団がはみ出した私の手を握る。熱のせいで上がってしまった私の体にとって、安定の手は冷たくてとても気持ちがよかった。
「大丈夫?」
「大丈夫。ちょっと風邪を引いちゃっただけだから…安静にしていればすぐ治るよ」
力なく微笑んでも曇った安定の顔が晴れることはない。そういえば、彼の元の主人は病で亡くなったんだっけ。種類は違えど病は病。
ぎゅっと少し強く握られた安定の手は震えていた。きっと、私も同じように死なないか不安で仕方ないんだろう。
「安定…」
がらがらの声で名を呼べばぴくりと彼の体が震えて私へと視線が向けられる。
「私は、いなくなったりしないから」
ゆっくりと体を動かして、握られていない方の手で彼の頬を撫でる。ぽろりと彼の瞳から零れ落ちた雫が私の手を伝って落ちていく。
落ち着かせるように優しく頬を撫でれば、安定は甘えるようにその手にすり寄る。その姿がまるで猫のようで笑みがこぼれる。
「すぐ治るから、安心して」
「……わかった」
先程よりも表情が晴れた彼は何かを考える素振りをした後、真っ直ぐに私を見つめて問う。
「ねぇ、主……一緒に、いてもいい?」
「いいけど、うつっちゃうかもしれないよ?」
「平気だよ。俺達は刀だもん」
どこか自信あり気に言って彼は私の隣に座布団を持ってきて座る。一度離れた手も、いつの間にやらまた握られていた。本当にいるつもりらしい。
「でも、私薬飲んでるから寝ちゃうかも…」
「いいよ、俺がしたくてしてることだから。主は気にしなくていい。だから……」
一度言葉は区切られ、安定の手に小さく力が入る。
「早く、良くなって」
祈るように零された言葉に、私は小さく微笑んでゆっくりと手を握り返した。
心配性の打刀151105 執筆
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