企画作品部屋 | ナノ
 ナマエに出会ったのはあの騒動があった後の事だったと思う。

 僕の家族の中でとても大きな存在だったおばあちゃんが亡くなって、地球の存亡をかけた戦いがあった。それが終わればおばあちゃんの葬式があって、陣内家の家族にまた一人、家族が増えた。最初は嘘の恋人を演じていた健二さんは今では陣内家の一員として迎え入れられ、家族どうぜんのように他の人とも言葉を交わしている。
 一度破棄されたキングという称号も、相手がAIだったことや騒動の事からキングの敗北はなかったこととされて戻って来た。けれど、僕の胸の中にはあの時仏像を模したアバターによって刻まれた“敗北”の二文字とその感覚が残っている。
 だからなのだろうか、騒動以来僕は前ほどOZの戦いに専念できなくなっていた。スポンサーがいる手前、負け試合はないにしても心ここにあらずの状態だ。戦いはする。手も勝手に動いて画面の中では兎戦士が華麗な格闘術で相手を地に沈めていく。けれど、僕自身の気持ちはまだあの時から進んでいない。
 もうキングという称号も他に渡してしまおうか、そんな考えを持ち始めていた時だった。

 ポコンという機械音と共に届いた一通のメール。それは、個人的に僕に対戦を申し込むものだった。ネット上で最強と言われている者に挑戦状をたたきつけてくる。そんな事をされたのはいつぶりだろうか。懐かしさゆえか、僕は自然とその試合の申し出を受けていた。

 指定された時間、指定されたコロシアムへと行けば、そこには観客も誰もいない静かなコロシアムに佇むアバターが一人。静かに僕の姿を見つめていた。強いと言われている相手を目の前にしても怯える素振りひとつせず、ただ静かに立ち続けるその存在に僕の気持ちはいつの間にか高揚していた。




 結果から言おう。僕の勝ちだった。けれど、それでも引き分けと大差ない僅かな差での勝利だ。
 あの仏像と戦った時とは違う、僕の戦術を真似するでもない相手独自の戦術。お互いの技のぶつけ合い、相手の行動の読みあい。こんなにも充実した試合を行ったのは久しぶりの事だった。
 自然と僕は、相手の連絡先を訪ねていた。また戦いたい。また拳を交えたい。自然とわき出てきた気持ちが、僕の手とアバターを動かしていた。


「ねぇ、偶には話をしない?」


 何度目かの手合せの後、ぽこんと出た吹き出しの内容はそんな軽い誘いだった。いつも戦ったら軽い挨拶をして解散する。いつの間にか僕らの間で作られていたそんな流れを壊したその一言。一度時計を確認し、問題がないと判断した僕はその問いに肯定の返事を返した。
 てっきり他のファンのように僕のことを根掘り葉掘り聞いてくるかと思ったけれど、彼女が聞いてきた内容はそんなものではなかった。


「実はずっとキングが使う戦法について聞きたいことがあって」


 うきうきとした様子で語りだした彼女のアバター。自分はこうやって戦うが、君はどうなのだ、やら、前の試合の時のあの判断はどうやって導いたのだろうとか。それは、武道をするものが自分よりも強い上の者に追いつくために必死に相手の技を吸収しようと教えを求める姿に似ていた。キングの前で色々と聞いてくる彼女、その姿が師匠に武道を教わっていた時の僕の姿と重なって見えた。
 自然と、闘いが終わるとお互いの戦い方について語り合うという時間も僕らのやり取りの中には増えていた。お互いに気になった点、聞きたいところ。キングや最強なんて関係ない、同等の立場でお互いの技術を磨くための会話。それを通して更に僕は彼女という存在に惹かれて行った。そしていつしか思う様になった、実際にリアルな世界で彼女に会ってみたいと。


「あの、よかったら今度実際に会いませんか?」


 柄にもなく敬語でつづった言葉と震える手。緊張を紛らわすために、一度ごくりと唾を飲みこむ。少しの間彼女からの返信はなく、言葉を発さないアバターを見てダメだろうかと諦めかけた時だった。


「うん、いいよ」


 ぽこんという機械音が、こんなにも弾んだ音に聞こえたのは初めての事かもしれない。
 そこからお互いの住んでいる場所を言えば偶然か必然か、住んでいるところはとても近い場所だったということが分かった。「不思議な事もあるんだね」とどこか楽しそうに笑う彼女につられるように僕の表情もいつの間にか綻んでいた。




 約束した時間、お互いの家に近いファミレスへと足を運べばそこには一人の女性が立っていた。金色の髪に蒼色の瞳、見ればすぐにわかる容姿だという彼女の言葉が今理解できた。
 少しだけ早い鼓動を抑えながら話しかければ「はじめまして」と鈴を転がしたような澄んだ声で彼女は笑った。
 ファミレスの席に座って飲み物を頼む。注文を聞いたウェイトレスさんが去っていくのを見送ってから、お互いに名前を名乗ることにした。彼女の名前は「ナマエ」というらしい。純粋な日本人ではなく親の片方が外国人のハーフなのだそうだ。その外見の為に周りからちょっと浮いてしまうのが少しだけ困りものだと、彼女は苦笑を零した。
 だからなのか、彼女は外にはあまり出ずに部屋でOZをよくやっているらしい。戦闘も好きだったので気分転換に行っていたらあそこまで強くなっていたそうだ。元々武道を習っていたこともあり、システムを理解すれば力をつけていくにはそう時間はかからなかったらしい。
 キングカズマという存在はあのOZでの事件で知ったのだそうだ。ダメもとで出した申し出を受けてくれたときはとても驚いたらしい。そして、僕と戦うことで更にOZでの戦いを楽しく感じるようになったと嬉しそうに語った。

 一通り彼女の話が終わり、次に口を開いたのは僕の方だった。使っている戦法はOZ経由で師匠から習った武道だと話せば、きらきらとした瞳で彼女はその習っていた武道の話を聞いてきた。お互いの相性も良かったのだろう、僕らの話は驚くくらいに弾んだ。今までこんなにも時間が過ぎるのが早いと感じたことはなく、同時にこんなにも他人と会話することが楽しいと感じたのは初めての事だった。


「あ、もうこんな時間。長々と話しちゃってごめんね」
「ううん。僕の方こそ」
「最終学年だから勉強とか忙しくてね」


 ほんと困っちゃう、と軽く笑うナマエ。それでも彼女の顔から笑顔が消えることはなかった。また会う予定と対戦の予定を調整し、手を振って去っていく彼女を見送ってから帰路に就く。「ただいま」と小さく呟いて靴を脱いでいるとリビングから顔を出したのは母さんだった。


「おかえり、佳主馬。今日は随分と遅かったのね」
「ちょっと人と会ってて」
「そう」


 ふふ、と笑う母さんに首を傾げれば「ちょっと安心したのよ」と母さんは言った。


「佳主馬、栄おばあちゃんが亡くなった後から元気がなくなってたから」
「…そんなこと」
「あるわよ。顔だって暗かったし、そうやって外に出ることも少なくなっていたでしょう」


 いつの間にか家に引きこもりがちになっていた僕を母さんは心配していたらしい。自分がそんな状態になっていたなんて気が付かず、いつも通りだと思っていたので驚いた。


「でも最近はちょっと明るさが戻ってきてるように感じたの。きっと今日会ってきた人のおかげなんでしょうね。出かける時よりも元気になってるもの」


 嬉しそうに笑って台所へと戻っていく母さんを見てから自室に戻る。散乱している荷物をどけてベッドへと倒れ込めば、ギシリとベッドが悲鳴を上げた。「明るさが戻って来た」母さんが言ったその言葉に、そうかもしれないと僕自身も思った。

 ナマエの申し出を受けるまではまるで機械のように行っていたOZの試合。けど、彼女と戦って話をするようになってからは、それがまた楽しいものへと変わっていた。前まで持っていた、戦うという楽しさ、あの事件でなくしてしまっていた楽しいという感情を彼女は僕に取り戻してくれた。そして、その楽しさをより深めてくれた。


「今度、お礼言わなくちゃ」


 零れた言葉は静かな空気に溶けて消える。次に約束した対戦の日程を思い出し、僕の顔は自然とほころんでいた。




キングの落し物


151205 執筆

リクエスト、ありがとうございました
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