企画作品部屋 | ナノ
動物は、本能的に対峙した人間の本性を感じ取るという。
例えば、優しい笑顔を浮かべていても、何か悪いことを考えていればその人間に対して警戒心を抱くし、逆に表情がなくても心の優しい人間にはすり寄っていく。
刀は動物ではないので、それを感じ取ることができるのかと言われれば、よくわからない、というのが返すことができる返事だ。

けれど、やっぱり良い空気と悪い空気というものはあるもので。良い空気を纏う審神者の近くでは落ち着くし、悪い空気を持つ審神者の近くではあまり落ち着かないと、以前話をした他の刀は言っていた。
様々な空気を持つ審神者がいる中で、俺たちの主さんがどの部類に入るかというと、良い空気というよりも、刀を引き寄せる空気を持っている。しかも、おまけとして主さんの傍にいると自然と気が抜けて眠ってしまう。
俺たちの本丸では「刀剣ほいほい」と呼び名が付けられている主さんは、人当たりがいい人間というわけではない。どちらかというと、やりたいことをやりたいときにやる気分屋な人間だ。そして、人間関係はあまり得意ではないらしく、他の審神者と話をしている姿をあまり見ない。
それでもなぜか、主さんの傍にいると心が安らぎ、自然と眠りの世界に落ちてしまう。
だから、いつも主さんの部屋にいくと、何本かの刀が寝ていたりする。

今日もそうだ。近侍として部屋を訪れた俺の視線の先には、主さんが少し前に買った「人をダメにするクッション」というクッションによりかかって眠る数本の短刀がいる。


「主さん、また?」
「うん、また」


困ったように俺を見て笑う主さんは、仕事の書類に向けていた手を止めてクッションで眠る刀を見る。


「なんか、私の傍は居心地がいいんだって…」


そう言って表情を和らげて眠る短刀達の頭を撫でる主さん。その手つきは優しく、瞳もどこか嬉し気だ。
そっか、と返事を返して部屋に入った俺は、そんな主さんの隣に座る。すると、短刀を撫でていた手が、ぽふり、と俺の頭に乗った。
そのまま手櫛をかけるように撫でられる感触に、自然と気持ちよくて表情が緩む。主さんの手は魔法の手だと、短刀の誰かが言っていた。
確かに、それはあっていると俺も思う。撫でてもらうと、まるで手入れしてもらった時のように体から疲労が抜けていく感じがするのだ。


「俺は、主さんに撫でてもらうのが一番いいな」
「そっか、ありがとう。蛍丸」


すりすり、と手にすり寄るとそのまま体を引き寄せられ、主さんは俺を優しく優しく抱きしめてくれた。まるで、大切な宝物を持つような感触に、自然と表情が綻ぶ。
主さんが自ら抱きしめてくれるのは本当に稀な事だ。大抵、抱き着いたら抱きしめ返してくれるけれど、自分からは来てくれない。でも、主さんは俺には自分から抱きしめにきてくれる。
それを知ったとき、どこか優越感のようなものが俺の心を支配したのは記憶に新しい。

ふんわりと柔らかな花のような香りのする主さんの体に腕を回せば、応えるように主さんの抱きしめる腕も少しだけ強くなる。


「蛍丸」
「なに?主さん」
「蛍丸は、私が主で良かったと思う?」


少し顔を動かして主さんの表情を伺うと、どこか悩んでいるように眉を寄せていた。
俺たち刀剣男士は、自分で主を選べない。呼ばれたところで、主に仕えるのが俺たちだ。
だから、中には暴力を振るう審神者の元に顕現したり、夜伽を強制する主の元に顕現してしまうことがある。
それらは政府が管理をしていても、やはり一定数はいるらしい。審神者のやっていることが何かしらの形で政府に伝わり、強制的に審神者の職を追われたという連絡が時たま入る。確か昨日も一件その連絡をこんのすけから受けていた。
最近ずっと続く暗い話題に、主さんも他人事とは思えなくなってきたのかもしれない。
微かに震える主さんの背中を俺は優しく撫でて、甘えるようにすり寄った。


「俺は、主さん以外のところに顕現しなくて良かったって、心から思ってる」


この本丸以外、この主さん以外のもとで戦う自分が今は全く想像できない。それくらい俺はこの本丸で沢山の日々を過ごしてきた。そして、その分だけ主さんの事を沢山知った。今さら他の人間に仕え、その下で力を振るうなんて想像もできないし、考えたくもない。それ程までに主さんは俺の中で大切な人物になっているのだ。背中を撫でていた手を止めて、ぎゅっと抱きしめれば、応えるように俺の背中に回っている手に力が入る。


「俺達は主さんの刀。主さんだけの刀剣男士だよ…」


きっとそれは他の刀達も思っている事だろう。本丸で過ごす刀達の気持ちを代弁するつもりで言えば、ぽすり、と主さんは俺の肩口に顔を埋めた。じんわりと濡れていく肩口の感触に、こういうところは変わらないと思いながら、いつも俺たちにしてくれるように主さんの頭を優しく優しく撫でる。


「ありがとう、蛍丸。私も、蛍丸達に出会えて…蛍丸達の主になれて、本当に良かった」


少しだけ震える声で紡がれた声は小さかったけれど、俺の耳にはしっかりと届く。俺はその言葉に返事を返すことはなかったけれど、変わりに抱きしめる力を少しだけ強めた。


190701 執筆

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