複数ジャンル短編 | ナノ
――好き。


そう言いたいのに口から出るのは反対の言葉ばかり。
君を喜ばせてあげたいのに、私の口から出るのは君を傷つける言葉ばかり。
こんなにも酷い私。なのに、君は私に何回も「好き」なんて、嬉しい言葉を投げかけてくれる。不器用ながらも、優しい、精一杯の愛の言葉を。


「嫌い」
「…うん」


あぁ、まただ。また彼を傷つける言葉を言ってしまった。こんなこと、本当は言いたくないのに。本当に言いたいことは違うのに。


「嫌いだよ」
「……あぁ」


小さく呟き続ける私に、その言葉に小さく頷くレッド。

そんなやり取りを今まで何度したことだろう。


「レッドなんて、大っ嫌いだよ」
「っ……俺は、ナマエが好きだ」


そう言って、その無表情じみた顔を僅かに歪ませて泣きそうな顔で小さく笑う君。
私はこんなにも汚くて、嫌な女なのに。なのに君はずっと私の傍にいる。
「嫌い」って言ったら「知ってる」なんて言ってそれで済ましてしまう。


そんな君が私は嫌い。そんな光のない赤の瞳で、そんな無表情じみた顔で「好き」だなんて繰り返して。
なのに、それなのにその言葉だけには君なりの暖かさと、君なりの愛が篭っていて――…。


(それが、無性に嬉しい、なんて)
「……好き」
「私は嫌い」
「…好きだよ」
「私は嫌いなの」
「……ナマエ」
「嫌いって言ってるでしょ!」


どうして離れていってくれないの?
今までの男はほとんどそれで離れていったのに。
どうして君だけはそんなに優しい声で、私の名を呼ぶの?


どうして――こんな私に「好き」だなんて言葉をくれるの?


「しつこいのよ!」


拒絶すれば拒絶するほど君は更に私へと歩み寄って来る。それが、それが何故だかとても恐ろしい。


「……好き」


ほらまた、そうやって君はまた一歩私に歩み寄る。その度(たび)に私の思考と心はまた少しずつ君色に染まっていく。

いつか君の色に溺れてしまいそうな気がして。それが、どうしようもなく怖い。


「煩い!それ以上言わないで!」
「……大好き」
「私は嫌いよ!レッドなんか、レッドなんか嫌い!」
「……ナマエ」


一歩、一歩、また一歩。
ゆっくりと、静かに君は私の心に入って私の思考を埋め尽くす。


「嫌い嫌い嫌い嫌い大っ嫌い!レッドなんか、レッドなんか――っ」
「ナマエ」
「…ぁ――…」


叫ぼうと強く目を瞑れば、ふわり、と今まで感じなかった温もりが私を包む。鼻先を掠める君の匂い、視界の端に揺れる綺麗な黒髪。

目の前は瞑っていないのに真っ暗で、私は――レッドに抱きしめられていた。


「っ、離して!」
「……。」
「離してって言ってるでしょ!」
「……。」


いくら暴れたところで、男と女の力の差は歴然。暴れる私を抑えるように、抱きしめるレッドの腕の力は強くなる。
まるで離さないと言うように、しっかりと。


「離して、離してよ!」
「…ナマエ」
「嫌いよ!レッドなんて、大っ嫌い!」
「…俺は、ナマエが好きだ」
「私は嫌いなの!レッドなんて、レッドなんて大っきら――っ」


紡ごうとした言葉は君の口と私の口の中に押し込められた。

目の前に広がるのは君の綺麗な顔。半分ほどに閉じられた綺麗な瞳、サラリと揺れる漆黒の髪。その全てが私の間近に広がっている。

数秒後離された唇。目の前には相変わらずの無表情顔がある。


「ど、して…」


どうしてこんなことまでしてくれるの、そんな言葉がちいさくポロリと零れ落ちる。
そんな私に、真っ直ぐに私を見つめる君はその閉じられた口を小さく歪ませて言う。


「だから、さっきから言ってる…」


「――ナマエが、好きだから」


あぁ、そうやってまた君は――私の思考を染めてゆく。





天邪鬼な私
(本当は好きって言いたいのに言えない私を、君を傷つけることしかできない私を――許して)
091217 執筆


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