――嫌い。
――大っ嫌い。
そんな言葉で俺を拒絶し続ける君。だけど俺を見つめるその瞳には、俺に対する罪悪感の色がにじみ出てて。だから俺は、おそらく君が一番欲しているのだろう言葉を言い続けてやるんだ。何度でも、何度でも、君が完全に俺色へと染まるその瞬間まで。
「嫌い」
「…うん」
小さな部屋の中、響くその声はやけに弱弱しく説得力がないものだった。
俺は目の前で俯きながら、その言葉を必死に紡ぐナマエをじっと見つめる。
また始まった。彼女のこの癖が。おそらく本当は「好き」と言いたいのだろうが、彼女の口から零れ落ちるのは「嫌い」という正反対の言葉ばかり。彼女は族に言う“天邪鬼”というものなんだろう、と前に幼馴染のグリーンが言っていた。
好き、大好き。
そんな言葉を言いたいのに、恥ずかしすぎて反対の相手を傷つける言葉しかいえない。そんな性格のせいで彼女は何度心から愛した相手から見放され、絶望してきたことだろう。
「嫌いだよ」
「……あぁ」
それを何度も繰り返してしまったがために、こんな言葉しかいえなくなってしまったナマエ。この小さな体にはどれくらいの悲しい過去と、その度におった傷があるのだろう。紡がれたその言葉に小さく頷けば、流れる前髪の間から彼女の大きな瞳がまたグラリ、と揺れるのが見える。
その瞳は「どうして離れていってくれないの」とでも言わんばかりに揺れ、動揺している。これで何度目かのこのやり取り。それなのに、彼女は自身が放った言葉を躊躇いなく受け止める俺の言葉を聞く度に瞳を揺らし、動揺を見せる。
「レッドなんて、大っ嫌いだよ」
「っ……俺は、ナマエが好きだ」
小さく微笑んで見せれば、目の前の彼女はまた驚いたように瞳を見開き泣きそうな顔をする。まるで親に見捨てられそうになっている子供のように。瞳をコレでもかと言うほどに涙でいっぱいにし、口をきゅっと結ぶ。
そんなナマエを見つめ、俺は何度目かの言葉をまた紡ぐ。
彼女が最も求めるあの言葉を。
俺が心から思っている本心を。
「……好き」
「私は嫌い」
「…好きだよ」
「私は嫌いなの」
「……ナマエ」
「嫌いって言ってるでしょ!」
最終的には大声で怒鳴り、首を何度も横に振る。まるでこの言葉を、温もりを拒絶するかのように。彼女が首を横に振るたびにその瞳からはキラキラと輝く綺麗な雫が空へと飛ぶ。
それが俺にはやけに神秘的に見えて仕方ない。
「しつこいのよ!」
そう涙目で訴えるナマエ。
だけど、その瞳には苦痛の色が見える。
「……好き」
慰めるように言えば、彼女の肩はビクリと震えた。ポトリと零れ落ちる小さな透明の雫は床に黒い後を残して消える。
本当は甘えたいのに、彼女はその術をしらない。だから、彼女は他人をわざと遠ざけさせるような言葉を言い続ける。
でも、そんなもの俺には通用しない。
「煩い!それ以上言わないで!」
「……大好き」
「私は嫌いよ!レッドなんか、レッドなんか嫌い!」
「……ナマエ」
何時までも繰り返されるこの会話。
俺はただ「好き」といい続け、ナマエはただ「嫌い」と言いつづける。
名前を呼べば涙を零しながら彼女は俺を見る。
すがるような、怖がるような表情で。
ほら、本当は俺から嫌われるのが怖いくせに。
俺から「嫌い」と言われるのを恐れているくせに。
――そんなに、俺色に染まるのが怖い?
――そんなに、俺に溺れてしまうのが怖い?
「好きだよ」とまた小さく呟けば彼女の瞳は開かれる。だけど、開かれた口から出てくる言葉は――…。
「嫌い嫌い嫌い嫌い大っ嫌い!レッドなんか、レッドなんか――っ」
「ナマエ」
「…ぁ――…」
もう何もかもがもどかしくて彼女を半場無理矢理に抱きしめた。腕の中にすっぽりと納まるその体は細く、力を入れれば簡単に折れてしまいそうなほど。俺はナマエの肩口に顔をうめ、その小さな体を壊さないようにけど逃がさないように抱きしめる。
「っ、離して!」
「……。」
「離してって言ってるでしょ!」
「……。」
答えは、返さなかった。怒鳴る彼女の声があまりにも弱弱しくて、痛々しかったから。
今にも消えそうな声で、必死に怒鳴るナマエの声。
その声の中に彼女の本当の叫びが聞こえてしまったような気がしたから。
――ごめんなさい。
――好きって言いたいのに、こんなことしか言えなくてごめんなさい。
悲痛なその叫びは確かな言の葉には変わらず空へと溶ける。抱きしめている俺以外、聞こえている者は誰一人としていない。
目の前の彼女は叫びながらポロポロと小さな雫をいくつも流す。本人はまったく気が付いていないのだろう。その雫を拭う動作さえも見せない。
そんなナマエを俺は更にきつく抱きしめた。
彼女が自分が泣いている事に気づかないよう、彼女が俺の傍から逃げていかないよう。
きつく、きつく、抱きしめる。
「離して、離してよ!」
それでも尚、彼女は叫び続ける。
「…ナマエ」
名前を呼ぶ俺を真っ向から拒絶するように。
「嫌いよ!レッドなんて、大っ嫌い!」
叫んだ反動で綺麗な雫がいくつも中を舞う。
「…俺は、ナマエが好きだ」
そう耳元で呟けば彼女の動きは一瞬止まる。
だが、やはり次に来るのは――拒絶の言葉。
もう、聞き飽きたその言葉。
「私は嫌いなの!レッドなんて、レッドなんて大っきら――っ」
続きの言葉は俺とナマエの口の中へと押し込んだ。
拒絶の言葉など、もう聞きたくなかった。
もう、彼女のこんな叫びを聞いていられなかった。
だから、ナマエの口に自分のソレを押し付けた。ぎゅっと、一切の言葉が漏れ出さないように。
数cm先には彼女の驚愕に見開かれた瞳。その大きく零れ落ちそうな瞳に俺の意識はおぼれてゆく。
「ど、して…」
唇を離した途端またコレだ。今までその理由は何度も何度も伝えたはずなのに。
目の前の彼女はポロポロと透明な雫を流しながら俺に問う。信じられないと言うような瞳で。
そんなナマエを真っ直ぐと見つめ、俺はいつもの様に言う。
「だから、さっきから言ってる…」
何回も、何十回も、何百回も君に言った言葉を。
「――ナマエが、好きだから」
だから早く、俺色に染まってしまえばいい。
天邪鬼な君(そう言って俺は、また君を抱きしめた)「天邪鬼な私」のレッド視点。
レッドのキャラが未だにいまいち掴めない…。
091225 執筆
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