複数ジャンル短編 | ナノ
「お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞ!!」
「君の場合はお菓子あげようがあげまいが最後は悪戯に突入するでしょ」


扉の閾(しきい)をはさんで向かい合う二人の少年少女。
ニマッと笑った少女の頭に少年の細い拳が――勢い良く落とされた。




△ ▼ △





サワサワと涼しい夜風が頬を撫でる。明日は晴れかな、と考えながら僕は目の前で頭を抱えて悶絶する少女を見つめた。

暗いこの時間帯でもはっきりと浮かび上がるシルエット。
どこかの殺人鬼と同じ真っ白で尚且つ虹色の短髪。鋭い青の瞳。
羽織っているのは真っ黒なパーカー、下は少し擦り切れたジーンズ。

彼女――ナマエは殺人鬼。それも零崎一族の直血の子。
一年前ある出来事をきっかけに彼女と不運にも出会ってしまった僕等。今思い出しただけでもあの時の出会いは最悪としか言いようがない。しかもその時に僕は何故か彼女に気に入られてしまったらしく、その出会い以来事あるごとに彼女は僕の前へと姿を現している。零崎の隠し子がやたら外を出回っていいものなのかと疑問が浮かびはするが、それと同様のことを同じ秘蔵っ子もやっているので本人はあまり気にしていないのだろう。


「で、今日は何の用なの?ナマエ」
「っ〜〜〜――酷いよいっちー。仮にも女子の僕の頭を出会って早々殴るなんて」
「自己防衛だよ」


サラリと言ってやればナマエはジトッとした瞳で僕を見た。深い青の双眸が若干潤み気味に僕を捉える。
このまま彼女を帰したら他の一族(主に彼女の片割れ)から命を狙われそうだ。顔に刺青を持つ彼女の片割れが、ナイフ片手に全速力で追いかけてくる光景が容易く想像できる。……僕はまだ死にたくない。

最終的に自身の命とこの先の人生を死守すべく、僕は彼女の機嫌取りへと思考を変えた。優しく微笑みながらナマエの頭を優しく撫でる。


「嘘だよ。ごめんね、ナマエ」
「いっちー…完全に自己防衛にまわっているよね。自分の命の」


どうやら彼女はお見通しのようだ。自身の顔の頬が、若干引きつったのが分かった。




△ ▼ △





その後、やたら自己防衛を連呼し続ける彼女を(どうにか)部屋に上がらせた僕。こんな夜中に大声で叫ばれたら僕の明日の命がない。とりあえず必要最低限のものしか置いていないリビングに彼女を座らせ、僕は台所へと姿を消した。

確かナマエはホットココアが好きだと前に言っていたような気がする。戸棚を漁ると少し前に買ったココアの箱が出てきたことをきっかけに、そんなことが頭に浮かんだ。
まぁ、好きだろうが嫌いだろうが彼女は人に出されたものは残さないのであまり気にする必要もない。殺人鬼のはずなのに、何故かそこだけやたら社会的で律儀なのはすごいと思った。


「お待たせ」
「サンクー、いっちー」


コトリ、と暖かな湯気が上がるマグカップを彼女の前に置き、それに向かい合うように僕も腰を下ろした。にへら、と頬を緩ませその顔立ちに相応しい笑顔を見せながら彼女はホットココアを一口飲む。
彼女の喉を無事、暖かなココアが通り過ぎるのを見届けた僕も、それに続くように自分用に入れたココアを飲む。我ながらいい出来だ、と心の中で少々自我自賛。目の前では尚もおいしそうにココアを飲むナマエの姿。


「で、今日はどういう用件で来たの?」
「ん?あぁ、トリック オア トリート!」


ココアを置いて差し出されたのは小さな手のひら。トリック?と頭の上にクエスチョンマークを浮かべた僕に、ナマエは知らないの?と聞いてくる。


「ほら、今日はハロウィンだから」
「……!あぁ、なるほどね」


やっと合点がいったとばかりに言えば、というわけでと言うかのようにまた彼女は手を差し出す。
確かハロウィンは、お菓子をくれなきゃ悪戯するぞといいながら近くの家を回るイベントだったか。彼女の周りには身内の殺人鬼しかいないから僕のところへ来たのだろう。ある意味、はた迷惑な話だ。


「いっちー、お菓子ー」
「はいはい」


パタパタと手を軽く振るナマエ。その姿がどこかのチームリーダーの姿に被って見えて思わず苦笑してしまう。
外見上は幼い子供に見えるが、彼女は一応僕の鏡と同じ年齢。殺人鬼の直血は外見が幼いのが多いのだろうか?

重い腰を上げて近くの棚を漁れば、数日前に買った小さな飴玉が数個転がり落ちてくる。本当は勉強の合間の気晴らし用として買ったものが、こんなところで役に立つとは思わなかった。数日前の僕に最大の敬意を送ろう。


「はい、ナマエ」
「わーい!ありがと、いっちー」


自分の手よりも一回り小さな手のひらが飴玉を受けとる。黄色、赤、青の三種類の飴玉をまるで宝石を眺めるかのようなキラキラした瞳でナマエは見つめる。
僕のほうは、これで静かに眠れるという安心感により無意識のうちに安堵のため息が零れ落ちた。


「そいじゃ、用も済んだことだし帰るね」
「うん。おやすみナマエ」
「おやすみ、いっちー」


出口まで彼女を見送る。嬉しそうに微笑みながら飴玉をコロコロ転がす仕草はなんとも愛らしい。そんな彼女を見ながら、僕はある悪戯を唐突に考え付いた。

僕だけが上げる側じゃ、不公平、でしょ?


「ナマエ」
「なに?」
「Trick Or Treat?」


にっ、と微かに口角を上げて手を差し出す。これにはナマエも面食らったようで、ピタリと飴玉の動きが止まった。


「え…」
「だから、Trick Or Treat」


ね?、と手を差し出せばナマエの顔からはザァーと血の気が引いてゆく。暫くゴソゴソとポケットなどを漁っていたが、お菓子はなし。さっき僕があげた飴玉も彼女自身が既に全て食べてしまっている。

話ずれるけど――飴食べるの早くない?


「あー…ごめん、いっちー。お菓子、ないや」


しゅん、と申し訳なさそうに謝るナマエ。


「そっか、じゃぁ悪戯、ね」
「っ!!」
「“お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ”でしょ?」


にへら、と含みを入れて笑えばナマエは呆然。僕はそんなナマエの華奢な手を握り、一言。


「じゃ、悪戯開始」




お菓子不足にご注意を
(てんめー欠陥!俺の妹になにさせてやがんだァァアアア!!)
(……(逃走))
(あ!!まてこのやろ!!)


2009年ハロウィンいーちゃんVer
091031 執筆


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