複数ジャンル短編 | ナノ
ホドモエの跳ね橋を渡った先にある小さな広場。たった今橋を渡り終えたらしく近くのベンチで休んでいるらしい彼を私は見つけた。


「また、負けたの?」
「五月蝿いよ」


なんで君がいるんだ、と若干涙目の瞳で此方を睨み彼は立ち上がってすたすたと歩いて行ってしまう。そんな彼の後ろを私はまるでハーデリアがついていくように少しの距離を開けて歩いた。


「トウヤは強いからねー、そう簡単には勝てないよ」
「ナマエには関係ないだろ。それに今回は少し油断してたんだ。次は絶対に…」
「その台詞、これで聞いたの何回目かなー」


ぐっと息の詰まる声が聞こえチェレンは立ち止まってこちらを見据える。眼鏡越しの瞳は少しだけ充血し、身尻には拭いきれなかった涙の粒が一つ。
私は立ち止まった彼に追いつき、頭一つ分大きな顔を見上げる。ぽんぽんと頭を軽く叩いてやればそれをはたく事も避ける事もせずチェレンはじっと動かない。そして、ずず、再度鼻をすすり彼は私をじっと見た。


「だいたい、なんでナマエは僕がトウヤに負ける度にタイミング良く出てくるんだよ」
「そりゃ、行く道と目的が一緒だからね。ちなみにタイミングも計っているわけじゃない。偶然だよ、偶然」


両手を広げ私は無実、と言わんばかりにこの場に合わない明るい声で言ってやれば、呆れたようなため息が聞こえた。失礼な、と頬を膨らませば今度は彼が私の頭をがしがしと撫でる。


「次こそは、負けないよ…絶対に」
「どうだか」


挑発するように言い放てば彼の手の動きが止まる。
その手を掴みぐっと引き寄せれば、油断していたのか少しだけ大きな体は私へと倒れる。それと同時にふわりと香る彼の香り。その香りを離さないとばかりに抱きしめれば焦ったような彼の声が聞こえてきた。


「ちょっと、…、なにして…」
「でもね…」
「……。」
「チェレンがトウヤに負けるたびに、私はきっとチェレンの前に現れるよ」
「なんでだよ。嫌み?」
「違う違う、私そこまで嫌な奴じゃないよ」


自嘲気味に笑い、ぽんぽんと彼の背中を叩いてやれば、いつの間にか私の背に回っていた彼の手に力がこもる。ぎゅうっと何かを堪えるように私を抱きしめる彼の手は震えていて、私は小さくため息をついた。

泣いてない。悔しくなんかない。それはただの彼の強がり。本当は負けて悔しいくせに。人目も気にせず泣きだしたいくせに、彼の性格上彼はそれができない。
強がりで、負けん気が強くて、誰よりも泣虫な…私の幼馴染。

そっとさらさらの髪を撫ぜ、私は彼に小さくほほ笑んで言った。


「だってチェレンを慰められるのは、幼馴染である私だけだもん」


ベルは、一緒に泣いてしまうから彼女の前では泣くことができない。
トウヤは、ライバルであるからそんな弱みを見せることがきでない。

残るのは、私だけ。小さい頃から隠れて泣いていた彼を慰め続け、彼の弱いところを全部知っている私だけ。


「だから、」


――今は思う存分泣いていいよ?

そう言葉を紡ぎ終わると同時に硝子越しの瞳から溢れだす涙。先ほどよりも強められた力を体で感じながら私は静かに瞳を閉じる。

きっと彼は強くなる。今はただ少し強さに執着しすぎているだけなんだ。いつか、彼は自分で気がつくだろう。
本当の強さとは何なのか、という事を。
それに彼が気がつくまで私は静かに彼を隣で支えよう。それが、私が彼にできる事。幼馴染である私の役割。

嗚咽を零し泣き続ける彼、私はそんな彼の背中を撫で彼の背中越しに頭上に広がる空を見上げる。私達を見下ろす空は、雲ひとつない快晴だった。





泣き虫ボーイ
(彼が本当の強さを知るまであと少し)

負けて悔しいと思わない人なんていないよきっと。
101219 執筆


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