雪空の下を歩いていた。そこにはただただ何もなくて、誰もいなくて。
「――…?」
いつも隣を歩いてくれている相棒を呼んでも返事はない。
(ああ、一人、なんだな…)
普通なら取り乱し涙を流しながら慌てるはずなのに、何故か今の私の頭はすっきりと冷めて冷静だ。たまにはこんな事もいいかもしれない。なんて思ってしまう自分の頭はどうかしてしまったのだろうか。
「…雪」
ほろりと頭にかかる小さな結晶に瞳を細め頭上を見上げればはらはらと舞い散る無数の結晶。それは私の頭に、額に、頬に、鼻に、そして唇に…。触れるだけのキスをするように触れては消える。ちゅっと答えるようにふと唇に触れる結晶に口付ければ、それは温度で温められてぬるい水へと変化した。
何故かそれが神秘的で、一つ、また一つ。最後は口を開けてパクリと食べれば口内に感じる微かな水気。
「……ナマエ」
「レッド…」
ふと背後に感じた気配。振り返れば視界を鮮やかにさせる赤。久しぶりに会った彼は、自分と同じように成長していて。ああ、彼もまた時を歩んできたんだと少しずれた事を考える。
「どうして、ここに?」
「…さぁ?」
自分でも理解できないからと首を傾げれば彼は悲しそうに顔をゆがめる。
「君は、ここに来ちゃいけない」
「どうして?」
本当はわかっているけどわざとらしく首を傾げれば、彼はくしゃりと泣きそうに瞳をゆがめた。
ああ、そんな表情でさえもこの景色の中ではとても神秘的に見えてしまう。
少し足早に私のもとに来た彼はなんの予告もなしに私の体を抱きしめた。
「お願いだから、帰って…」
懇願するように囁かれた声にぞわりと背筋が震えた。子供が力加減を操作できずにするハグのようにきつく抱きしめられる体。苦しさに少し眉をひそめながらも小さく震える彼の体を抱きしめた。
「レッドは…冷たいね」
「ナマエは、温かいよ」
「へへ、嬉しい事言ってくれるなー」
「……。」
少し体を離し目線を合わせれば揺れる黒髪の間から泣きそうな深紅の瞳がのぞく。
ああもう、帰ってと言いながら帰ってほしくないって顔するのは反則だよ。
泣かないで、と彼の額に小さく口付ければまた抱きしめられる。今度は優しく、弱弱しく。
「本当は、ナマエやグリーン達と一緒にいたかったんだ…」
「うん」
「ずっとずっと、一緒に笑っていたかった…」
「うん」
「もっと沢山、話をしたかった」
「うん」
「もっと、もっと…」
「……。」
「もっと、生きたかった…」
透明な滴が私の体を濡らす。いつの間にかきていた白くて質素なワンピース。それは見方を変えれば病院の病人服にも似ていて…。レッドが言葉を紡ぐたびにそれはその白い布地へと吸い込まれてゆく。
「……ごめん、ごめんね、レッド」
「……。」
「一人ぽっちにさせて、ごめん」
私も、貴方の傍にいければいいのにね。
そう零せば彼は表情を暗くさせる。ぐっと何かに耐えるように下唇を噛みしめ、何かを振り切るように私の肩を優しく押す。
「…駄目だ、ナマエはまだ…生きて」
「……レッド」
「生きるんだ…僕の分まで」
「……。」
「生きて、グリーンと幸せになって?」
「……ほんと、いつからそんな事言えるようになったの?」
そんな事言うなんて卑怯な人。
でも、もう時間なんだろう。遠くから私の名を呼ぶ声がするもの。それにほら、貴方を抱きしめる私の体が透けてきてる。
「……時間」
「…うん。もうダメみたいだわ。タイムオーバー」
「…そう」
でも、またナマエに会えてよかった。
名残惜しそうに体を離すレッド。私はそんな彼に再度抱きつき誓いのように小さく口付ける。見開かれる深紅の瞳にはしてやったり顔の私自身が映る。
「……っ、バカ」
「…バカでもいいよ。レッドの方が何十倍も馬鹿なんだから」
「グリーンに怒られるよ?」
「いいの。グリーン意外と心広いんだから」
「…グリーンも大変だね」
「どうとでも言いなさいな」
二人して小さく笑いあい、レッドはするりと私の頬を優しく撫でる。その手は冷たくまるで降り注ぐ雪のように儚い。
「グリーンに、宜しく」
「うん」
「……ナマエ、」
「…なに?」
「……好きだった」
「っ!?……っ、本当に――」
馬鹿だね、レッド。
最後に今までに見たことがない程に綺麗に笑ったレッドの姿を最後に私の意識は消える。代わりに聞こえてきたのは鮮明な愛しい彼の声。
「…っ!…ナマエ!ナマエ!!」
「……ぐ、りーん?」
「よかった…っ、マジで心配したんだぞ、馬鹿野郎!!」
顔を嬉しさでぐしゃぐしゃにしたグリーンに勢いよく抱きしめられ思わず変な声が上がる。
「このバカ!起きたばっかなのに抱きつくバカいないでしょ!?こんのツンツンバイビー!!」
「うっせー!心配させたお前が悪いんだ!!っ…バカナマエ!!」
ぎゅうと抱きしめられ憎まれ口を叩く癖に揺れる目の前の肩に、思わずため息がでる。ぽんぽんと体を優しく撫でてあげれば更に腕の力はまして、小さく苦情を言っても今の彼は聞く耳を持たないようだ。
そんな彼と私の恰好を見ながら他にいた医者の人やナナミ姉さんがよかったよかったと言ってきたのでそれなりに返事を返しておく。気を使ったのか数分後にはこの病室には私とグリーン以外の人はいなくなっていて。
「ねぇ、グリーン…」
「ん?」
未だにだだっ子のようにしがみつくグリーンのツンツン髪をいじりながらふと口を開いた。
「多分私が意識不明の時だと思うんだけどね…レッドに、会ったの」
「っ!!……そうか、」
「変わらない格好でさ、それでも…私達と同じくらいに成長してた」
「…そうか」
ぽつりぽつりと紡ぐ言の葉をグリーンはゆっくりと聞いてくれる。いつの間にか私の手は白くなるくらいに握られていて、グリーンはそんな私の手を気づかう様にそっと自分の手を重ねた。
「アイツ、なんて言ってた?」
「…グリーンに宜しく、って」
「そうか」
アイツらしいな、と半分涙交じりに笑うグリーン。そんな彼に今度は私から抱きついて深く息をすれば落ち着く彼の匂いに包まれる。
――好きだった。
脳内に流れる彼の声。
(本当に…君は馬鹿だよレッド)
ぎゅうと答えるように背中に回される腕に瞳を閉じながら私は一滴の涙を流す。
(私だって、本当は君の事が好きだったんだ)
でも、君がいなくなってしまったからこの思いは捨ててしまおうと思っていたのに。
「ほんと、馬鹿だ…」
なんで今更になってそんな事言うんだよ…。
「馬鹿だ…」
馬鹿レッド。
拝啓 愛しい君へ(死んでしまった君にはもう、私の想いを伝えることはできないのに)110221 執筆
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