複数ジャンル短編 | ナノ
時折吹く風がナマエと俺の髪と戯れて去ってゆく。
その風の中には当然のごとく大量の雪が混ざっていて、痛いくらいに頬を打つ雪の塊に眉をひそめつつ、俺は目の前の彼女をゆっくりと見据えた。


「とりあえず、俺はお前が何をしたいのか皆目見当もつかないんだけど」
「つかなくていいんだよファイア。だって私自身ですらも皆目見当もつかない事をしているんだもの」
「へぇ、そう」
「うん、そう」


小さく口元で弧を描き見下した笑みを浮かべればくすりと彼女は笑った。
そして一歩、下がる。
俺と彼女がいるのは極寒の山と謳われしシロガネ山の頂上、の崖っぷち。
縁に立って笑うナマエとそのから数mおいて彼女を見つめる俺。
そんな体勢がどれほどつづけられているのか。そろそろ立っている足が痺れてきたという事だけは言っておく。


「私ね、気がついたの」
「……。」
「私達人間はよく自分の運命は自分で切り開くものだ、幸運はつかみ取ればいいもので、不幸など考え方で幸運へと変わる。よわ考え方、行動、思考で自分の人生なんてどうとでも変えられるものなんだ、って言ってるけどさ、私そうは思えないの」
「…ふぅん」
「だって、それってただそう自分に思い込ませている、言い聞かせているようにしか聞こえないんだもの。人生を切り開くってどこかの剣豪じゃあるまいし、ましてや運命とか…笑えちゃう」
「一応言っとくけどさ、俺、今お前の言ってる事ほとんど理解していないからね?」


そこんとこは宜しく、と言えば彼女はわかっているよと言わんばかりに優しく微笑む。
恐らく彼女にとってこの話をしているのはこの自分の話について意見が欲しいわけじゃなくてただこの話を聞いてくれる人が欲しいだけなのだろう。
でも他人に話せば色々と言われるから嫌だ。グリーンは言う以前に忙しいから無理。
特に論理的な意見を言うわけでもなく、耳を傾けてくれるだけの存在…そう考えて彼女の頭に浮かんだのは恐らく俺の姿。
雪山に長年籠り、地上とほとんど接していなかった俺に論理的な意見など話せるわけないし、まず俺はそう言うのが嫌いだ。
話を聞くだけならば小さい頃から彼女のそんな空想とか自己論理めいたものは聞いてきたので得意中の得意と言える。


「で、結局のところナマエはどうしたの?」


瞳を細め、結論を問えば彼女は軽く苦笑をその顔に浮かべた。
そしてまた一歩、足を後ろへと下げる。
ガラリ、と小さな音がして、彼女の足元の小さな雪の塊が崖下へと真っ逆さまに落ちて行った。
恐らくあと一歩、彼女が足を下げればナマエの姿は俺の視界から消えるだろう。


「やり直したい、かな」
「やり直したい?」
「そ。全部をやり直したい。ファイア達と旅に出る前から。ううん…ファイア達に会う前から、むしろ…生まれる前から」


やり直したい、そう再度呟き彼女はどこか寂しそうな笑みを浮かべた。
やり直す。つまりそれは過去を変えたいと、そう言う事だろう。
しかし、過ぎた時間は戻すことは出来ないし、既に起こった出来事をやり直す事などできない。
それは彼女も重々分かっているはずだ。

彼女が何をやり直したいのか、なにを変えたいと願っているのか。
俺はそんなの想像もつかないし、別につかなくてもいいとさえ思っている。
分からない人間の思考を自分なりに考え、それをもとに行動する。それが人間というもの。

だからこそ、相手の思考、行動を予測し、対応するポケモンバトルは楽しいんだ。
だからこそ、胸が躍り、自然と体に熱が灯る。それがパートナー、そして相手に伝わって、バトルはより白熱したものになる。


「できない事をあえてやりたいと言うお前ってある意味すごいと思うよ」
「相変わらずきついなぁ、ファイアは」


くすりと小さく苦笑して、ナマエは俺を見た。
そんなナマエに俺はわざと肩を軽くすくめて見せる。


「それで、やり直したいって言ってるけれど、実際にはどうやってやり直すつもりなわけ?」
「んー…まぁ、とりあえずは此処から飛び降りてみようかな、と」
「まさか長年付き合ってきた幼馴染が自殺を考えるような子だったなんて、俺でさえも予想外だったわ」
「すいませんねー、私はこういう子なんですー」


その場の空気に一番似合わぬであろう、明るい口調で交わされる会話。
ナマエは口元に悪戯っ子の笑みを浮かべ、俺は少しだけ口角を上げる。


「ま、ナマエが決めた事なら俺は止めないし、好きにすればいいよ」
「なにそれ、少しは止めさせようとかそういうことしようとは思わないの?可愛い可愛い幼馴染が飛び降り自殺をしようとしているんだよ?」
「ない。あと可愛いとか嘘言うのやめろ」
「ひっど」
「俺はもともとこういう人間だから」
「ま、分かってたけど」
「分かってるなら言うなよ」
「少しの希望に縋ってみたくなって」
「残念でした」
「まったくです」
「本音を言えば、死ぬにしても場所は考えてほしかったかな」
「自殺するにはうってつけの場所じゃない?シロガネ山って」
「お前、想像してみろよ。自宅のすぐ近くで自殺騒動とかあったらどうよ?」
「うっわ、その後暫くは目覚め悪くなる」
「そう言う事」
「と言うか此処はあんたの自宅なんですか」
「もうその状態に近い」
「引きこもりめ」
「お褒めにあずかり光栄です」


執事がするお辞儀の真似をすれば「嫌な奴」と零された。褒め言葉だ。
俺達を包む雰囲気は、さっきまで漂っていたどこか重い空気を感じさせない、柔らかい雰囲気。
それでも、彼女は足は崖っぷちからは動かない。


「よし、ならあえて此処で自殺してファイアの目覚めを悪くしてやる」
「お前も十分嫌な奴だよな」
「日頃やられているから、その仕返し」
「なんだそれ」


思わずむっと口元を尖らせると、はナマエ声を上げて笑った。
そして、自然な動作で両手を広げたかと思うと。


「んじゃ、バイビー」


俺の視界から、消えた。


「……。」


ひゅうっと冷たい風が頬を撫で、俺は一度帽子をとって上に軽く積もった雪を払った。
山は、静かだ。さっきまで沢山の音があったのに、その音を出していた源がいなくなればまたすぐ静寂が訪れる。
先ほどまで彼女がいた場所をずっと見つめ続ける俺を心配したのか、腰のボールから自力で出てきたピカチュウが俺のズボンを引っ張った。


「ほんと、俺の周りってわけわかんねえ奴ばっか」


自殺しようとする幼馴染にやたら自信過剰で五月蝿い幼馴染。
まともな奴が俺の周りにはいないのかと、小さくため息をついて歩みを進めた。


「で、どうよ。飛び降りた気分は」


ナマエが立っていた場所に今度は俺が立ち、視線を下に向ければ、そこには予め待機させておいた俺のフシギバナのツルにぐるぐるまきになっているナマエがいる。


「すかっとした」


身動きの取れない状態で笑う彼女は、確かに言葉の通り、さっき会話していた時より幾分か晴れ晴れとした表情となっていて。


「んじゃま、それで一回死んだって事にしてさ。やり直すと言うよりは前進する気持ちで生きてみようか」
「ん、そうする」


ナマエは、さっきとは打って変わった綺麗な笑みを俺に向けた。




飛び降りは計画的に
(とりあえず上がってきなよ)
(いや、引き上げてよ)
(いやだ)


End

120227 執筆


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