複数ジャンル短編 | ナノ
ああ、今日もまた、私は貴方を遠くから見ている事しかできない。


「来たわ!シゲル様よ!」
「シゲル様ー!」
「これ、受け取ってください」
「ああずるい!私も、私のも受け取ってください!!」


目の前で飛び交う黄色い声。その中に入りたくても入れない私は、胸に抱いた箱をぎゅっと抱きしめた。
今日は女子が大好きな恋愛イベントの一つ、バレンタインデー。
好きな人や憧れの人にチョコを渡し、想いを伝えるイベント。

私は目の前で一人の少年に群がる彼女と同じ、所詮はファンクラブの一人という者で。
イケメンでクール、そして天才と謳われる彼へと思いを寄せる女子の一人だ。
でも彼にもっと近づきたくて入ったファンクラブは、表から見れば華やかだが、中を開いてしまえば醜い女子の落としあいという光景が広がっていて。
「先輩より先に彼に声をかけてはいけない」「先輩を優先する」などといかにも理不尽な理由で新人の私は外へとはじき出されていた。
きっと私がこの箱を渡そうと近寄った頃には、彼の腕は沢山の女子からのプレゼントでいっぱいになって迷惑以外の何物でもなくなってしまうだろう。

群がるファンの子の真ん中で、誰もが見惚れる笑みを浮かべながらプレゼントを受け取るシゲル様は美しい。
流れるようなその瞳も。
すっと細い綺麗な顔も。
太陽の光に照らされて金色に光る髪の毛も。
でも、私はそれを遠くで眺めている事しかできない。ただ指をくわえて、先輩達の後をついていくことしかできない。
積極的に行動できない私の悪い癖が、こんなところでは悪い方へ悪い方へと作用していってしまう。


「ブイ…」
「あはは、今日も無理みたいだよ。イーブイ」


彼は今彼女達の対応で手いっぱいといった様子。
足元で私を見上げるイーブイを抱き上げれば彼は悲しそうに鳴く。
まったく、なんでこうも彼は私の心がわかってしまうんだろうか。


「大丈夫」


くりくりとした大きな瞳を瞬かせている彼の頭をグリグリと撫でれば嬉しそうに擦り寄ってくる。
少しずり落ちそうになった箱を持ち直し、シゲル様の方へと視線を向けてはみたが、未だに彼は女子の塊の中。
これは暫く彼はあそこから出て来れないんだろうと小さくため息をつけば、可愛らしい鳴き声と共に頭を撫でてくれるイーブイ。
そんな優しい気づかいを見せてくれる彼にお礼を言って私は静かに踵を返した。


「あれ?ナマエじゃん」
「あ、サトシ」


当てもなくマサラタウン内を歩いていれば聞きなれた声が背後から響く。
振り向けば久しぶりに見る顔があって、自然と頬が緩んだ。
変わっていない明るい笑顔。変わったと言えば服装くらいだ。


「なに?気分転換に里帰り?」
「んー、まぁ、そんなとこかな!ナマエはどうだ?元気にしているか?」
「うん。ぼちぼちね」
「相変わらずシゲルの後ろ、ファンの子たちと一緒に追っかけてんだろ」
「べ、別にいいじゃない。好きなものは好きなんだから」
「ナマエもモノ好きだよなー。あんな嫌みな奴のどこがいいんだよ」
「まだまだおこちゃまな、サトシにはわからないよ」
「えー。なんだよそれ、ナマエだっておこちゃまだろ?」


ぷう、と頬を不満げに膨らますサトシ。あまりにも彼が旅立ちの時から変わらないのに安心して私は大きな声で笑った。
久しぶりかもしれない。こんなにも心の底から笑ったのは。
いつもは先輩の顔色を窺ったり、先輩達に敬意を表したりとなかなか本当の自分をだす事ができなかったから。
私のイーブイはサトシとのピカチュウと対面しすぐに仲良くなったらしい。話をする私達の足元でじゃれて遊んでいる。
そういえば、彼は旅に出る際初めてのポケモンとしてピカチュウを貰ったんだっけ、とぼんやりと考えながら目の前で朗らかに笑う昔の親友を見つめた。


「なあナマエ」
「なあに?」
「さっきからさ、ナマエからすっごく良い匂いするんだけど…なんなんだ?」
「へ?」


すんすんと空気の香りを嗅ぎながらきょとんと首をかしげ衝撃的な事を聞いてきたサトシ。
まさかそんな事を聞かれるとは予想していなかった私は返事が返せず、その場で石化する。
自然と胸に抱いていた箱へと加える力が強まり、耳に少々嫌な音が届いた。
ウロウロと彷徨っていたサトシの視線は自然と私の胸の中のソレへとゆっくりと注がれ、パッと彼の顔が明るくなった時はもう後の祭り。


「もしかして、その箱の中身ってお菓子かなにかなのか!?」
「え、ええっと…ま、まぁ…そんな、感じ」
「うわぁ!ナマエってスッゲーお菓子作るの上手いじゃん?もらえる奴すっげーうらやましいな…」
「あ、あははは」


欲しい欲しいと意志が瞳から零れおちる程に手元をガン見されてはもはや隠している意味がないと思うのだが…。

こんなところも変わっていないなと苦笑しながら私は箱を見る。
渡せないとは重々わかっていたけれど作ってしまったプレゼント。
結局は渡せる事が出来なかったこれにはもう何の使い道もない…。


「…サトシ、いる?」
「え?いいのか?」


後ろ髪を引っ張る想いを振り切るように、ずいっと差し出せば彼は驚いたように目を瞬かせた。
「もう、渡す必要はなくなったから」と言えば、少し迷うような素振りを見せた後彼は嬉しそうに箱に手を伸ばす。


「それじゃ、遠慮なく――」
「やぁ、こんなところで奇遇じゃないか。サートシ君?」
「っ!シゲル!?」
「っ!え!?」


不意に背後に気配がしたかと思うと手から突如彼に渡そうとしていた箱が消える。
慌てて後ろを振り返ればそこには先ほどまで女子に囲まれていたはずの憧れの彼が余裕の笑みを浮かべて立っていて。


「し、シゲル…様?」
「これ、僕へでしょ?」
「え?」
「だから、これ、僕の為に用意してくれたんだよね?さっきずっと彼女達の周りでこれ持ってうろうろしていたし」
「あ…えと…その…」


まさか見られていたなんて思わなくて顔から火が出そうな程だ。
言われた事が図星で何も言い返せずに、真っ赤になってうろたえれば、彼は何故か勝ち誇ったような笑みを浮かべサトシへと視線を向けた。


「駄目だなぁ、サートシ君。人のモノをとろうとするなんてさ」
「な!?違うって!その箱、ナマエがお前の為に用意していたなんて俺知らなかったんだよ!」
「でーも」
「へっ!?」


甘い香りが不意に体を包み込む。気がつけば全身が固まっていて、腰の部分には細くてしっかりとした腕が回っていた。
私を抱き込むようにしながらサトシに近寄った彼は、ピッと人差し指をサトシの目の前にだしニヤリと笑う。
それすらも妖艶で私がほうっと思わず見惚れれば、それに気がついたらしい彼は柔らかくほほ笑んだ。


「結局は僕へのプレゼントを君は貰おうとした、そうだろ?」
「…むぅ……そ、そりゃ、そうだけど…」


何も言い返せないサトシは口をとがらせ唸る。


「…ごめん。シゲル」
「分かればいいんだよ」
「えと…あの、し、シゲル様?」
「ああ、ごめんね。驚かせちゃった?」
「い、いえ」


いつまで抱きしめられているのかと、思わず彼の着ている白衣を握ればやんわりと微笑まれた。
私としてはずっとこのままでもいいかな、なんて思ってしまうのだが、ここは人通りが少ないとはいえ、外。
いつ誰がどこで見ているかわからない。もしこんなところをファンの先輩方に見られたらきっと大変な事になるだろう。
自分の行動に気が付いて慌てて手を離せば、ゆっくりとシゲル様は私から離れてくれた。
それにほっと息をはいてサトシの方を見れば、怒られた子犬のようにしょぼんとしている。


「サ、サトシ…お菓子なんだけど、また今度作る予定だからさ。それを食べるってのはダメ?」
「え、いいのか?」
「うん、サトシの好きなお菓子作ってあげる。だから、ね」


元気になってほしい一心で提案を出せばみるみる内に彼の顔には笑顔が戻ってくる。
やったぁ!なんて子供のようにはしゃぐサトシを見て私も自然と顔が綻ぶ。


「楽しみにしてるな!ナマエ」
「うん、連絡とかはまた後でするから。その時食べたいお菓子教えて」
「わかった!」


「じゃぁ俺このあと博士のとこ行かなくちゃいけないから」と言い走っていくサトシの背中に軽く手を振る。


「随分と彼には甘いんだね、ナマエは」
「そ、そうですか?」
「甘いよ。わざわざ食べたいお菓子を聞いてそれを作るんだもの。僕には聞いてくれないでしょ?」
「それは…あの、先輩方がいらっしゃるので」


話しかけるのすらも畏れ多い上に、話しかけた後の先輩方からの仕返しが怖い。
あわあわと狼狽えること数秒、ふとシゲル様の言葉を思い返して思考が止まる。
彼はさっきなんと言っただろう。私の名前を呼ばなかっただろうか。
私は一度もシゲル様の前で名乗った事はなかったし、シゲル様に聞かれたことも当たり前だが、ない。


「あの、シゲル様」
「ん?なんだい?」
「どうして…私の名前を。名乗った覚えがないのですが」
「あぁ、さっきのサートシ君との会話を聞いて知ったんだよ。他の子達に囲まれてる時は聞こうとしても聞けなかったからね」


彼の言葉に一瞬思考が停止する。今彼は何と言った。聞こうとしても聞けなかった…つまりは、彼は以前から私の事を知っていて、自分の事を見ている私に気が付いていたということだ。一気に顔が熱を帯び、慌てていると細くしなやかな指が頬に添えられる。目の前にあるのは勿論シゲル様の顔。


「けど、今は邪魔する人もいないし。丁度僕はこの後時間があるんだ…」


――二人でゆっくりとお茶でも、どうかな?

お互いの事を知るためにもね、と微笑んだシゲル様の言葉に私は頷く事しかできなかった。




近づいた距離


150527 執筆


バレンタイン用に書いていたものでした。2011年から放置されていたなんてことは口がさけてmゲフンゲフン


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