複数ジャンル短編 | ナノ
「ねぇ、青年」
「ん?何だよ」
「なんで、私は殺さないの?」


この息の根を止めてもらいたいのに…。そう呟けば目の前に佇む青年は此方を見た。綺麗なルビー色の瞳に見つめられナマエの呼吸は一瞬止まる。


「なんで、そんなこと聞くんだよ」
「だって…ここに生きているの、私と君≪だけ≫だから」


足元に転がる≪人だったもの≫を小さく蹴れば、それは光のない瞳でナマエを見上げてくる。なんだか気分が悪くなったので蹴り飛ばせばそれは青年の足元に転がった。足元に転がったそれを一瞥し青年は静かにナマエへと近づく。
一歩一歩踏みしめるように近づき、距離が縮んだと思えば不意に首元に感じる冷たい感触。目の前には綺麗な青年の顔、首元にあてられているのは小さな――ナイフ。

あぁ、やっと私も死ぬんだ…。

安心したようにナマエは静かに瞳を閉じる。彼女の頭に浮かんでくるのは先に殺された人たちの優しい笑顔。

お父さん、お母さん、お兄さん…今、私も行くよ?この綺麗な青年の手によって。

そう心の中で呟き次にくる衝撃を待つ……が、一向に衝撃は来ない。


「……。やめた」
「…え?」


そう聞こえた声に驚き目を開ければ先ほどまで目の前にいた青年は近くの肉片を弄っている。首に当たっていた冷たい感触はもう感じられない。胸に手をあてれば、自分自身の鼓動の音がしっかりと聞こえてくる。

私は…まだ生きている?――どうして?どうして私は殺されないの?


「ど、して…」
「だってよ、お前、笑うから」
「え…?」
「自分が死ぬっていうのに何も言わずに笑っているから」


「なんか殺す気が失せた」と少々俯き気味に言葉を紡ぐ青年。ナマエは訳が分からないようすで瞬きをした。

たったそれだけのことで、私は命拾いしたというのだろうか。ならば、私は生きなければいけないの?家族全員を失って住む場所も、帰る場所もないのに?


「…して」
「は?」
「私を、殺して」
「え…?」


唐突過ぎる言葉に頭がついていけないのか、青年はフリーズする。だがそんなもの彼女には関係ない。ナマエはただ「殺して」と繰り返すだけ。


「私を、殺してよ」
「…嫌だ」
「…んで、なんで!どうしてよ!!お父さんたちは殺してどうして私は殺してくれないの!?普通殺すはずでしょ!?早く殺してよ!!」


最後は叫ぶように言い放つ。


「一人ぼっちは嫌!孤独は怖い!だから、だから、早く私を殺して!そうすれば怖くない!だって、あっちにはお父さんたちがいるもの!だから、早く殺して!!」


狂ったように叫び続ければ彼女の体は突然暖かいものに包まれる。突然の事過ぎて頭の情報処理が追いつかないナマエは、呆然と暖かいものに包まれているだけ。


「そんなこと、言うな」
「ど、して…どうしてよ…っ…なんで!!」


耳元で聞こえた優しい声。まるで赤子をあやす様なその声に一瞬だけ、彼女の動きが止まる。だが、やはり収まらないのだろう、次の瞬間にはまた尚もこみ上げてくる感情を素直に口に出し続ける。

がむしゃらに暴れれば強い力で押さえつけられ、やっと自分が抱きしめられていることが分かった。優しく、壊れ物のように抱きしめられ、その感覚に慣れていないナマエは動かなくなる。


「な、にを…」
「…したく、ないんだ」
「は?」
「お前は、殺したくないんだ」
「どういう、事」
「俺は、お前を殺せない。いや、殺したくないんだ」
「私の両親、兄弟をいとも簡単に殺したくせに」


勝手な理屈。ただ、殺したくないから殺さないなんて。なんて身勝手な言葉。私にはもう、なにもないのに。家族も、帰るところも。…私はこれからどうすればいい。


「ふざけないで」
「ふざけてねーよ」
「ふざけてるわよ。勝手に人の大切な人と場所を奪って、壊して、それで殺してと頼めば殺さない?なら、私はこれからどうすればいいのよ!住む場所も、戻る場所もない。迎えてくれる人もいない私はこれからどうすればいいの!?」
「なら、俺と一緒に来ればいい」
「っ!?なによそれ」
「俺と一緒に暮らせばいい。俺がお前の住む場所を、戻る場所を作ってやる。俺がお前を迎えてやる。だから、俺と一緒に来い」
「…自分の身内を殺した相手と暮らせって言うの?君、頭大丈夫?」


私は、君を殺してしまうかもしれないというのに…。

振り回していた腕を収め、青年の胸板を小さく押す。離してくれる様子はない。本気、なのだろうとナマエは感じた。離してくれるどころか、更に力を込めて苦しいほどに抱きしめられる。その力強い抱擁に、温もりと安心感を不覚にも彼女は抱く。


「かははっ、相当やばいかもしれねーな」


陽気な声を上げながら青年は笑う。この場に一番合わない明るすぎる声で。そんな青年の笑いにつられナマエの口からも小さく笑い声が漏れた。

何故だろう。自分の身内を殺した相手なのに、こうして抱きしめられているのが嫌じゃない。逆に、とても安心する。心が微かにほかほかする。彼を…許すことが出来るような気がする。


「…いいよ」
「んぁ?」
「…いいよ。わかったよ。君に着いて行く」
「え?…マジか!」
「…うん。まだ腑に落ちないとこはあるけど、私には帰るところがもうないから。君に着いて行った方がいい」
「着いて行くのが、その帰るところを奪った張本人だとしてもか?」
「…それは、もういいよ。何をしようともお父さん達が生き返ることなんて、ないから。だから…いい」


半分諦め気味に小さく頷けば、上から小さく「ごめんな」と声が降ってくる。その声を聞いて「いいよ」と小さく返すナマエの瞳からまた、一粒の雫が零れ落ちた。


「…じゃぁ、これから宜しくな。えーと」
「…ナマエ。ミョウジナマエ」
「宜しく、ナマエ。俺は、零崎 人識」
「うん。宜しく、人識」
「あぁ」


目の前に差し出された手、それをナマエは小さく握り返した。




自殺志願者と殺人鬼
(でも、どうして私は殺さなかったの?)
(ん?あー…それは言えない)
(一目ぼれをしてしまったからなんて口が裂けても言えねぇ!)

091117 修正


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