《きちんと言われた仕事をこなせば誰もが幸せになれる》そんな胡散臭い宣伝につられ、《ミルフィオーレ》なる巨大施設に勤めはじめはや一年。今ではもう施設内のほとんどを知り尽くし、(ボスの部屋以外)は目隠ししてでもいけるようになった私。流石に本当に目隠しをして行けって言われたら絶対に壁にたくさん当たるだろうからしないけど、それはまぁ物の例えという感じだ。
はぁと小さくため息を付き、私は今日も下の職員から回ってきた書類を持ち、あちこちを駆け回る。今回受け取った書類の宛先は《ブラックスペル・γ》。
「γ隊長書類をお持ちしました!」
「あぁ、わかった。そこに置いといてくれ」
「はい!」
ペコリとお辞儀をし部屋にはいると中の人たちの視線は全て私に注がれる。いつもの事だけれどこれだけは流石になれることができない。
私はボスが率いるホワイトスペルの幹部、そして今私の周りにいるのは皆ブラックスペルの人達。ブラックスペルの人達は皆ボスを嫌っている。だから、ホワイトスペルである私を嫌うのも論理上は納得できる。
でも…なんでだろう…皆自分の武器(ボックス)を構えているような気がするんだけどぉぉおおお!?気のせいだよね!?気のせいって誰か言ってくれないかな?お願いだから!!
「あの、私に何か?」
「……。」
無言こえー!怖いよ。怖すぎるって!もう嫌だよ。なんなのさ、この人達は。怖いのは顔だけで十分だよ!助けて隊長!私もう無理です!
カタカタと震える体を必死にこらえ(内心はスゴいけど)笑顔を顔に張り付けながらγ隊長のいる机に向かう。そそくさと書類を机に置き、早めに立ち去ろうと行きとは違い早歩きで扉へと向かった。
「おい」
「…は、はい!」
帰らせてくれないのかよコンチクショォオオ!なんで声かけるんですか!なんで扉まで数センチのところで止めるんですか!なんで私の腕つかんでいるんですか!
ギギギ…と振り向けばすぐ後ろにはγ隊長の顔。オヤジ顔のくせに何気にイケメンだったので不覚にもときめいた。
ビクビクしながら顔を見ればそこには(端から見れば)優しい笑みが。だけど今の私には何かを企んでいるような顔にしか見えなくて…。私の顔からはザァアアーと勢いよく血の気が引いていく。
なに…私何かした?!何もしてないよね!?でも、何もしてなきゃ腕捕まれることはないし。やっぱ、私何かした?!
「おい。お前……名前なんてんだ?」
「ヒィイ!な、名前ですか!?……って…え?名前?」
「あぁ」
「えと、ミョウジナマエ、ですけど…」
おずおず答えれば目の前のγ隊長はへぇ、と頷く。私は何が何だかわからず取りあえず何時でも扉に行けるよう構えた。が、次にきたのは私が予想を遙かに越えた言葉。
「ナマエって言ったか?お前…ブラックスペルに入らないか?」
「……えぇ!?わ、私がブラックスペルに、ですか?」
わ、私なんかがブラックスペルに!?いやいや、私ホワイトスペルの人間だからやっぱり、ダメじゃないかな。ボスも違うし。いや、許されるならブラックスペルに所属してみたいけど、でもな…。
うんうん唸りながら悩む私。その時…。
「ナマエ、書類渡すのにどれだけかかってるんだ」
「あ、入江隊長」
現れたのは私の上司、入江隊長。両方にマスクをつけた美人さん(チェルベッロさんというらしい)をつれ、呆れたように私を見ている。
これぞ天の助け!この機を逃したら私に明日はない!おそらく!
「すみません入江隊長。今、戻りますので。それで、あの…γ隊長そういうことなんで、手を離していただけると嬉しいのですが…」
「……わかった。悪かったな、引き止めて。でも… 」
「!!」
「俺はまだ、諦めないからな」そう耳元で囁かれ、そんなことに慣れていない私の顔は無意識にボッと赤くなる。それを見ていた入江隊長はしびれを切らしたのか、私の腕をつかみ強制的にγ隊長の部屋から引きずり出し挨拶もせずに歩き出した。
ウワォ!眉間に皺が大量に寄っている。ヤバい、減給されるかな…。それとも、クビ!?
ヒェエと内心叫びながらも大人しくついて行く。と言うよりもこの場合ついて行くしかない。私の腕は入江隊長に捕まれているし、なにより私の上司は入江隊長なのだから。γ隊長に書類を届けた後、私は入江隊長にその報告に行かなければならない。なので、結局逃げも隠れもできない。
「…入れ」
「え、あ、はい」
「「入江様」」
「…チェルベッロ、すまないが少し席を外してくれないか?僕はナマエと二人だけで話をしたい」
「「かしこまりました」」
「え?!」
慌てる私をよそに、機械のようにそろった動きで部屋を出ていくチェルベッロさん達。
ちょ、待って下さい!こんな最悪の雰囲気の中に私だけ残さないでくださいよォォオオ!
そんな私の(心の)叫びも虚しく、研究室には私と入江隊長が残される。し…んと静まり返る研究室内。
(うわー!最悪だ!絶対怒られる!減給される!悪ければクビかも!)
「ナマエ…」
「クビだけは嫌だー!」
「はい!?クビ?」
「(あ、マズい!)す、スミマセン入江隊長。あの、な、なんでもないんです。た、ただ入江隊長が怒っていたようなので、自分、クビになるのかと思って」
必死に頭を下げて謝罪をし、瞳をギュッと瞑り次に来るであろう言葉を待つ。けど、一向に入江隊長は喋らない。疑問に思って顔を上げれば目の前には口元を手で押さえている入江隊長の姿。
しかも少し…震えてる…?
「あ、あの、入江隊長?」
「ふっ……くっ……くくっ…」
「え、えと、いりえ「あはははは!」えぇ?!」
「あははははは!あははは!!……あぁ、ご、ごめん。でも…あれくらいでクビって……くくくっ」
くつくつとお腹を抱え笑う入江隊長。私はポカンと口を開けていることしかできない。
入江隊長がこんな風に笑うの、初めて見たかも。…綺麗。
思わずガン見してしまう。
「くくくっ……。ん?どうかした?」
「い、いえ。入江隊長がこんな風に笑うの初めて見たものですから(って何言ってるの私のバカ!)」
「あぁ…確かに。僕もこんな風に笑うのは久しぶりだよ。ナマエのおかげ、かな」
「そ、そんな恐れ多いです!私なんて只の下っ端でしかありません」
「そんな事ない。只の下っ端だったらわざわざ仕事中断してまで声かけに行かないよ」
「え?……あの、それってどういう…」
「只の下っ端だったら、その…腕つかむなんてこともしないし…γに、し、嫉妬したり、なんてこともしない」
「い、入江隊長…それって…」
「だから、その…僕は、ナマエのことが…」
「「入江様、大変大事なところで悪いのですが…そろそろ仕事をしてくださらないと、会議に間に合いません」」
「うわぁぁああ!」
「ち、チェルベッロさん!?」
突如出現した彼女達に驚き入江隊長は大声を上げ、私はその場にビシリと固まる。
気配という物がなかった。さ、流石入江隊長の側近。
チェルベッロさん達は私に見向きもせずスタスタと入江隊長をデスクへと連れて行こうとする。
え…えと、私はどうしたらいいんだ!?やっぱり邪魔だから外、出といた方がいいかな…?
うろたえる私、入江隊長はそんな私の腕を掴み自分の方にぐっと引き寄せる。一気に縮まる顔の距離。お互いの吐息がかかるほどだ。
「え!?い、入江隊長?!あ、あの…」
「…さっきの続き」
「え、あ、はい」
「仕事全部片づけて、一段落したら改めて言うから。聞いてくれる?」
トマトのように真っ赤な顔で入江隊長は恥ずかしそうに聞く。そんな入江隊長が不覚にもとても可愛く見え、私はふわりと微笑んだ。
「勿論です。それに、私も入江隊長に言いたいことがあるので」
「うん。分かった。じゃ、また後で」
小さく返せば入江隊長は満面の笑みを浮かべ、軽く手を拭り去っていった。残された私はというと、この後に備えて心の準備を整えるため気合を入れていた。
二度目の告白(ナマエ、僕は、君のことが――)
(入江隊長の事が好きです。結婚を前提に付き合ってください!)
(って、えぇぇええ!!)091117 修正
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