そこは天国といえば天国。地獄といえば地獄といえる場所。
そしてそこに立つ私は生きているといえば生きているようで。死んでいるといってしまえば死んでいるような状態だった。
「もうさ、疲れたんだ」
この世界を生きるのに。そう誰に言うわけでもなく呟く。
頭上に広がる空は憎たらしいくらいに快晴で。思わず罵倒してしまいたくなるほどに清清しくて。
「なにをやっても駄目。どんなに努力してもその努力が実ることはない。努力すればいつかは報われるって言われているけど、そんなの嘘。実際にさ、ほら、努力しても努力しても報われなかった例がここにいる」
そんな言葉なんてどうせ気休めにしかならないんだよ。そうやって自分に言い聞かせているだけ。思い込んでいるだけなんだ。
自嘲気味に口元を歪ませ小さく笑う。ふわり。一陣の風が私の頬を掠めてゆく。鳥の可愛らしい声が通り過ぎる。
自然の音に耳を傾けながら、私は一歩、フェンスの先へと足を進める。そして吹いてくる風と戯れるように両手を広げてくるりと一回転。
「だから私、一足先にあっちに行くことにするよ」
誰もいない屋上扉の方に向けて、ごめん、綱吉、と零れ落ちた一つの言葉。
今までこんな私に沢山の愛をそして温もりをくれた彼に対する謝罪の言葉。今頃彼はあのメールを見てくれているのだろうか。今まで沢山わがままを言って、沢山彼を困らせてきた私からの最後の手紙。
「私らしくないよねー、あんな内容」
あはは、と空笑いを零し顔をクシャっと崩して私はまた一歩。もうあと少しでも踏み出せばこの体は中を舞うだろう。下には下校途中の生徒たちの姿がちらほらと見受けられる。
誰もここにいる私には気がついていない。
「ま、それもそれでいいか。いきなりのグロテスクなサプライズも面白いもんだし」
あの楽しそうな笑顔はあとどれくらいで恐怖に満ちた顔に変わるのか。想像するとゾクゾクッとした感覚が体のうちから湧き上る。
「さぁ…行こうか」
誰に言うわけでもなく呟きすっ、と大きく足を踏み出す。その足が捉えるのは何もない空間。空気でできた層。
まるでジェットコースターが落下するときのように私の体は勢い良く地面へと落ちてゆく。ゴウゴウと唸る風の音。下から響いてくる誰かの悲鳴。
「――ナマエ!!」
「綱吉?」
その中に混じって聞こえてきたのは彼の声。閉じていた瞳を開き、先ほど自分がいた屋上に目を向ければ愛しい彼の姿が映った。顔を蒼白にし、息も絶え絶えに私へと届かない手を伸ばしている。
(あぁ、あの手紙を見て、きてくれたんだ)
どこまでも君は私に優しい。きっとあの手紙の内容を見てとめに来てくれたんだろう。それはちょっと遅かったけど、君は来てくれた。それが嬉しくて私の顔は緩む。
あとちょっとでこの命の炎は消えるというのに。
「ナマエ!!」
何度も名前を呼んで泣き叫ぶ君。
(あぁもったいない。可愛い顔がグシャグシャだよ?)
ごめん。そう呟いて君の涙を止めることは今の私にはできない。君を泣かせてしまっているのは私なのだから。
私に向かって叫ぶ彼ごしに壮大に広がる空を見た。
それは憎たらしいくらいに快晴で。
罵倒してやりたいくらいに清清しくて。
それでいて、彼のように何でも包み込む優しさがあって。
それが悔しくて私は…。
「バーン!」
空へと拳銃音を響かせた(その音はあまりにも虚しくて)大好きな綱吉へ
今までこんな私と付き合っていてくれてありがとう。本当に幸せでした。
いつも沢山我侭ばかりいっていてごめんなさい。沢山困らせてごめんなさい。でも私は幸せでした。綱吉といた時間は全てが幸せでした。
だから、この幸せな気持ちのまま、私は旅立とうと思います。今まで本当にありがとう。
大好きでした。
ミョウジナマエより
「ナマエ、ナマエ…ナマエーーっ!!」
少年の叫びは虚しく、少女はこの世と別れを告げた。
BGM/バイビーベイビーサヨウナラ/初音ミク
100221 執筆
100704 修正
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