複数ジャンル短編 | ナノ
放課後になると教室にはほとんどの生徒がいない。そんな殺風景な教室の中で、一冊のノートと向き合っているのは日直である俺とミョウジだった。
大体の事は書き終わって、後は一日の流れのコメントを書くだけだが、先に書くと言いだしたミョウジがうんうんと唸りながらなかなか書けないせいで俺も待たされていた。
ちらりと時計を見ればもう部活の練習が始まっている時間だ。先に日直であることを伝えてあるので、まだ俺がいないことを疑問に思う者はいないと思うが部長という立場である以上あまり遅刻するわけにもいかない。


「なあなあ、黒尾君や」
「なんだ、ミョウジさんや」


こつこつとシャーペンの先をノートに打ち付けながらミョウジは視線を窓に向けていた。書く気がないなら俺が先に書きたいんだが。


「明日さ、私がいなくなったら黒尾君は泣いてくれる?」
「は?」


いつもすっ飛んだことを言うやつだとは知っていたが、こうもすっ飛んだことを言ったのは初めてだったので思わずいつもは出さない声が出た。
「黒尾君のそんな声初めて聞いたわマジうける」とケラケラ目の前で笑うこの頭に鉄拳を落としてやってもいいが、その割には瞳が全く笑っていなかったのでやめておいた。


「前から馬鹿だとは思っていたけどとうとう頭のネジ全てが飛んじゃったんですカ」
「失礼な、結構真面目な質問なんだよ」
「いきなりそんな事言われて真面目にとらえる奴なんていないだろ」
「あ、それもそうか」


話の持っていき方間違えたな、とぼやくミョウジはやっぱり少し飛んでいるところがある。
こつっとシャーペンの先を一度打ち付けて、机に置いたミョウジはまっすぐに俺を見て、再度さっきと同じ言葉を紡いだ。


「真面目にさ、明日私がいなくなったら黒尾君は泣いてくれる?」
「泣かない」
「即答!それは流石に傷つく!」
「まず質問の意図がわからん。ちゃんと順を追って説明してくだサイ。ミョウジ先生」


机に置かれたシャーペンを取って、自分よりも一つ低い頭にこつんと軽く乗せてやる。むう、とむくれながらもミョウジはそのシャーペンを取って、考えるように唸りだした。
しかし満足の行く説明が思いつかないらしく、また空へと視線を向ける。


「明日もまた晴れるねーきっと快晴だよー」
「おーい、俺の質問に対する答えはー」
「聞こえなーい」


すっとぼけるミョウジに軽い手刀を一つ落としてやる。目の前で頭を押さえてうめくミョウジを見下ろして、手元にある日誌を引き寄せた。


「これ以上時間喰うなら先に書くぞ。あまり後輩たちを待たせるわけにもいかないんで」
「えー…まぁ、内容浮かんでないからいいけどさ」
「浮かんでなかったのか」
「うん」


悪びれることなく返事をしたミョウジにため息を一つついて、うっすらと脳裏に残っている今日の出来事を思い出す。とりあえず有体なことを書き連ねて行を埋めて、ずいっと彼女の方へとノートを押して立ち上がった。


「行くの?」
「ああ、提出はよろしく」
「じゃぁ提出請け負う変わりに質問に答えてよ」
「さっきのやつなら同じ答えだぞ」
「えー…」


人でなし―、と唇をとがらせる減らず口を軽く両方から手で挟めば、目の前にできるのは彼女の少し間の抜けた顔だった。むぐむぐと何やら文句を言っているらしい声は聞こえないふりをして手を離す。
そのまま教室の出入り口へと向かって歩みを進めようとしたとき、「黒尾君」とやけに落ち着いたミョウジの声が俺を止めた。

そこにいるのは変わらずの姿のミョウジ。俺の字で半分埋まったノートには視線を向けず、ただまっすぐに俺へとその視線を向けていた。いつも浮かんでいるふざけた表情はそこにはなく。どこか寂しそうで、それでいて、どこか儚げな表情があった。
「なんだ?」と呼び止めた理由を促せば、一度開かれた口は何かの言葉を紡ごうとするように動き、けれど結局なんの音になることもなく閉じられる。そして、何かを飲みこむようにしてミョウジはいつもの気の抜けた笑みを向けて言った。


「また、明日ね」
「…あぁ、また明日」


いつものように交わされる別れの挨拶。いつものようにミョウジはそこにいて、いつものようにして笑って俺と明日も駄弁るのだろう、そう当たり前のように考えて俺は教室を後にした。

翌日、自分の席にミョウジはいなかった。静かに入ってきた教師から告げられたのは、ミョウジがこの世からいなくなったという話。驚きの声と小さな嗚咽が木霊する教室で、ふと視線を窓へと向ける。
昨日ミョウジが言ったように、空は雲一つない快晴だった。あぁ、あいつの言った通りいい天気だ、なんてどこか場違いな思考が頭を埋める中、ぽたりと手の甲に落ちたのは小さな雫。


――明日、私がいなくなったら、泣いてくれる?


不意に脳裏でミョウジが昨日と同じ問いかけをしてきた。
変わらない姿、変わらない気の抜けた笑み、変わらないいつもの声色で。けれど、その瞳はどこか寂し気な色を含んでいた。


「あの時、嘘でも、泣いてやるって言ってやればよかったかな…」


そうすれば、脳裏に浮かぶ彼女も、もう少しだけ嬉し気な表情をしてくれるかもしれないと、頬を伝って流れた雫を拭って思った。




明日、君がいなくなったら
190204 執筆


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