複数ジャンル短編 | ナノ
ぎりぎりと強められる四肢によって、出久の口からは苦痛の声が零れる。けれど、そんなことなど気にもしていないように死柄木は「そうか、そうだったんだ」と自分の中で何かの答えを見つけたらしくぶつぶつと繰り返した。
強くなる締め付けに、意識すらもぼんやりし始めた時、指の力とは違う別の力が出久の首から死柄木の指を引きはがし彼の体を引っ張った。


「むぐっ!」


ぼふっと羽毛布団に顔からダイブしたような感触。次の瞬間には、守るように背中に回された腕の感触を感じた。


「ねぇ貴方、私の弟になにしてるの」


鼓膜を揺らしたのは聞きなじみがあり、とても安心する声だった。けれど、その声は怒りに満ちている。


「大丈夫?デク君」
「う、麗日さん」


横から心配そうに覗き込んできたのは、先ほどお互いの買い物のために別れた麗日だった。彼女から視線を自分の上に向ければ、見慣れたお揃いの髪が風に揺れているのが見える。自分と同じようにぱっちりとした瞳は、まっすぐに自分の後ろに向けられていた。
眉は今まで見たことがないほどにつりあがり、誰がどう見ても彼女――自分の姉であるナマエが心の底から怒っていることが分かる。


「なんだ、連れがいたのか」


楽し気な声を聞いて、自分が対峙していた相手の存在を思い出す。先ほどまで隣に座っていた死柄木は相変わらずその場にいた。にやにやと笑みを浮かべ、自分達姉弟と麗日を見ている。


「それにしてもお前、いきなり個性を使うのは酷いんじゃないか?」
「大事な弟が苦しんでいるのに見過ごせる姉がいると思うの?」


その言葉に死柄木を見ると、まるで他人が後ろからひねり上げているような形で手が空中に固定されていた。姉の視線が終始死柄木へ向けられているところを見ると、個性によって彼の手を引っ張っているようだ。おそらく、自分を引っ張った力も姉の個性だろう。
二つのモノを同時に別方向に引っ張るなんてことは、昔はできなかった。しかし、今それができているということは、姉も実力をつけているのだろう。


「へぇ、お前、そいつの姉なのか。確かにところどころ似てるな」
「どうも」


この状況で隠すことなく「お前に言われても全然嬉しくない」という表情と声色で返せるのが逆に凄い姉である。
そんな出久を「ずっとお姉ちゃんのおっぱいに顔埋めながらやりとり聞いてるデク君すごい」と思いながら麗日が見ているなんて彼は気づかない。


「まぁ、いいや。今日はぶつかりに来たわけじゃないし」


ゆっくりと腰を上げ、死柄木が一歩足を踏み出す。同時に膨れ上がる言い現わしようのない圧迫した空気。思わず息することすら忘れさせるその圧迫感に麗日と出久は息をのんだ。


「弟思いの良い姉を持っているじゃあないか緑谷。けど、気を付けとけな」


ゆっくりと三人の隣を通る死柄木が、不意にぎょろりと瞳を緑谷へと向けて言う。


「次会う時は、殺すと決めた時だろうから」
「言っとくけど、簡単には手だしさせない。出久は私が絶対に守る」
「へぇ、そりゃ楽しみだ」


まるで獲物に狙いを定めたようにナマエと死柄木の視線が一度交わり、次の瞬間には死柄木は人込みに紛れて消えた。
そのとたん、ふっと消えた体の緊張に出久と麗日は大きく息を吐きだす。


「二人とも大丈夫?」
「う、うん。ありがとう、姉さん」
「ありがとうございます」
「いいえ」


先ほどの鋭い視線は嘘だったかのように、柔らかく瞳を緩めたナマエは出久と麗日の頭を優しく撫でた。その手の温もりに情けなくも二人して安堵してしまい、思わず柔らかな匂いのする体に抱き着いてしまう。


「よく頑張ったね、偉い偉い」
「うん」
「はい」


遅れてやってきた体の震えが止まらない。そんな二人を支えるようにナマエはゆっくりと二人の頭を撫で続けた。

そのあと麗日が、携帯で警察に通報した後、ナマエにいつまで抱き着いているのかと聞くまで、出久はナマエにずっと抱き着いていた。
勿論、指摘されたとたん自分がしていた事を自覚して顔を真っ赤にしながら離れた。そんな弟の様子を見て、ナマエが声を出して笑ったのは言うまでもない。




出久の姉は弟思い
190130 執筆


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