複数ジャンル短編 | ナノ
「聞いて聞いて物間君。私、ついに運命の人を見つけたの!」


勢いよく開かれた扉から飛んできたのは、耳にタコができるくらいに聞いている言葉と聞きなれた声だった。
僕の周りのクラスメイトは「またか」という様子で扉を開いた人物と僕を見る。この光景も、B組ではすでにいつもの事となっているんだろう。
当たり前だ。一週間に最低でも2回、彼女は同じ言葉を言いながら普通科の教室からこのヒーロー科の教室までやってきている。


「へぇ、それはよかったね。それで、どんな人なんだい?」


続きを聞こう、という姿勢を見せればナマエは、ぱあっと顔を輝かせて教室へと入ってきた。勿論その時に入室の挨拶は忘れない。こう言うところはしっかりしていると思う。
丁度空いていた僕の前の席に座り、ナマエはきらきらと瞳を輝かせながら口を開いた。


「とてもとてもとても素敵な人よ!その鋭い瞳!炎のような目の色!!でもなにより!その圧倒的な個性!パワー!そして不意に見せる顔の影!何もかもが素敵!これで落ちない方がおかしいわ!」


まるで愛人を語るようにナマエの口からは言葉が紡がれていく。その瞳はうっとりとしていてまさに恋する乙女だ。身振り手振りもいれて表現する様子がその興奮具合も語っている。
けれど、その単語に逆に僕の心はゆっくりと冷えていく。
鋭い瞳。炎のような目の色。圧倒的なパワーのある個性。そんなものを持っている人物はあまりいない。色まで指定が付いてくれば、自然と絞られてくる。
僕の頭に浮かぶのは、あの体育祭で突進してきた凶暴な姿。まさか、と思いながら話し続けるナマエの言葉へ耳を傾けた。


「接点なんてなかったけれど、前に食堂で転びそうなことがあって、それをその人が助けてくれたのよ。その逞しい腕で私を支えてくれたの!御礼を言っても返事はしてくれなかった。けど、次は気を付けろ、と気遣う言葉をくれたわ!その言葉に隠された優しい気づかい。普通の人なら簡単にはできないことよ!本当に素敵!私、それで彼に恋してしまったの!」
「それは素敵だね。それで、彼はなんて名前なんだい?」


まさか、まさか、という言葉が僕の中で渦を巻く。いや、考えすぎだ。気性が荒い人間なんてそれなりにはいるだろう。まさかピンポイントで当たることもあるまい。
けれど名前はやはり知っておきたい。どうか僕の脳内に浮かぶ人間ではないように、と思いながら彼女の言葉をまった。


「爆豪勝己君って言うの!名は体を表すとはこのことよね!」


まあ、半分以上そいつだとは思っていた。けれど、できることならそいつでないことを期待していたのも確かだ。
自然と零れ落ちるため息に気づいていないナマエは、そのまま爆豪について熱く語り続けた。役者を目指してもいいんじゃないかというくらいの表現で、どこでどう思ったのか、どう行動したのかを僕に語って聞かせてくる。
恋をすると周りが見えなくなるくらい相手に一直線になる。それが僕の幼馴染であるナマエだ。小さい頃からいつか白馬の王子様が自分を迎えに来てくれると、冗談抜きで信じ、今でもそれを待っている。
ここまでいくと、思考のどこかが欠けているのではと思うけれど、それを拳藤に相談したら「お前が言うな」とチョップされた。まったくもって心外である。ちょっと同じヒーロー科でありながら、世間の目を集めに集めるA組が嫌いなだけなのに。
話が少しそれたけれど、ナマエは僕とは別の意味で他の人と一線を引いている。主に恋愛的な意味でだ。
一度優しくされるとコロリと行くどころか、そのまま石が坂を転げ落ちるように勢いよく思考が飛んで行ってしまう。相手の言動行動全てが自分への好意によるものだと思ったり、相手にふさわしくなるためにも身なりや服装をがらりと変えてしまったり。
一言で言えば、極端なのだ。彼女の恋愛感情や恋愛に関する行動は。誰にも止められないと、最後には警察に御厄介になるレベルの事をし出してしまう。
それを止めるのは僕だ。小さい頃から一緒にいて、彼女の行動を熟知している僕がストッパーになってほしいと、彼女の親からは何度も頼まれた。それは、僕の個性も関係してくるんだろう。


「ナマエ」


静かに彼女の名前を呼べば、つらつらと言葉を紡いでいた彼女の口が閉じた。「なあに?」と聞いてくる顔は満面の笑みだ。ほんと、こういう時のナマエは惚れ惚れするぐらいに女子らしい顔をする。
ちなみに、こういう時だけ、と言うのがミソだったりする。乙女モードというモード設定のような状態以外の時、ナマエは本当に普通の女子だ。まるで自然の風景のように普通科の中に溶け込んでいる。


「確かに話を聞いている限りでは、とても素敵な男性だと思うよ」
「そうでしょう!とっても素敵なの!」


ぐっと身を乗り出して嬉し気にナマエは笑った。それに小さく微笑み返して「でも」と僕は続きの言葉を紡ぐ。その時、さりげなく机に置かれた彼女の手に触れながら。


「それは君から見た彼だよ。君は一度思いこむとそのまま突っ走っていっちゃうところがあるから、一度落ち着いてよく相手を見たほうがいい」


諭すようにゆっくりとした口調で言えば、ナマエの興奮しきっていた瞳がゆっくりといつもの色を取り戻していく。周りからは「あの物間がまともな事言ってる!」とざわついているけど、今は無視だ。確かにいつもの尖った言葉は言わない。けれど、確実に彼女に対して僕の言葉は刺さっているだろう。
嫌味のように言われるよりも、静かに事実を言われる方が彼女には効くことも僕は知っている。


「そう…そうね…ごめんなさい、私、またやっちゃった」


しゅん、と見るからに落ち込むナマエ。俯いてしまった彼女の頭を撫でながら「いいんだよ」と僕は言う。


「むしろ、気づけたから相手に迷惑をかけずにすんだじゃないか」
「うん、そうね」


事実、ナマエは昔好意が行き過ぎて相手をストーカーするというところまで行っている。彼女自身もその時、自分がしてしまったことをとても後悔していた。


「ありがとう、止めてくれて」
「うん」


震える声で紡がれた声はとても小さい。わずかに震えるその手を握る自分の手に少しだけ力を入れて、ナマエの名前を呼べば不安げに揺れる瞳が僕を映した。


「大丈夫。今回はちゃんと止まれたんだ、だから安心していいよ」
「でも、怖い…また、あんなことしちゃったらって」


怖い、と震える彼女を見て、自然と口が歪む。


「なら、『なかったこと』にすればいいんだよ」


それはきっと、悪魔のささやきに聞こえるんだろう。それでも、ナマエにとっては願ってもいないことだと、僕は知っている。


「僕の個性は『コピー』だ、だからナマエの個性をコピーして使うことができる」


――僕が、ナマエからその爆豪への気持ちを『なかったこと』にしてあげる。


今、彼女を見る僕はどんな顔をしているんだろう。優しい笑みを浮かべているのか、それとも、歪んだ笑みを浮かべているのか。それは周りの生徒とナマエにしかわからない。
けれど、今の彼女にとってこの申し出はまさに天の助けのように聞こえることを知っている。


「そうね…それがいい」


いつからだろう、僕の提案に同意するナマエの瞳に濁りの色が見えだしたのは。そうだ、それがいい、と呟く彼女の瞳はぐらりぐらりと揺れる。


「お願いしてもいい?物間君」
「勿論だよ」


ぎゅっと僕の手を両手で握り、揺れ続ける瞳で彼女は笑う。とても嬉し気に、とても安心したように笑う。応えるように彼女の手を握り、僕は彼女の個性を発動させた。


「ナマエの爆豪への気持ちなんて、元々『なかった』んだよ」
「えぇ、そうね」


ゆっくりと紡がれる同意の言葉。それを口にした瞬間、ナマエの瞳から光が消えた。その様子を、僕は手を握ったままじっと見つめ続ける。
彼女の個性は洗脳に似たものだ。どういう形であれ、会話の中で『なかったこと』にしようという問いかけに対し、同意として認識される返事をすると、その相手の記憶からそのないように関することがすべて失われる。
前後の会話も少し失われるので、実は何度も何度もこのやり取りが行われていることをナマエは知らない。周りから指摘されても、記憶にはないので、ただ不思議そうに首をかしげるだけ。勿論、そのあと僕がその内容も彼女の個性をコピーして消しているので、彼女の記憶には残らない。
見計らったように予鈴が鳴り、ぼんやりとした瞳のままナマエが顔を上げる。


「ほら、そろそろ次の授業が始まるよ。ナマエも教室に戻りなよ。雑談はまた次の休み時間にでもしよう」
「ええ、そうするわ。ごめんね、長々とお話しちゃって」
「気にすることないさ。また普通科の話を色々聞かせてよ」
「勿論よ」


うっすらと笑みを浮かべ、ナマエはゆっくりと教室を後にした。残るのは、僕らの様子を見ていた一部のB組のクラスメイトだけ。


「物間」
「なんだい、拳藤」


どこか言いずらそうに僕へと近づいてきた拳藤は、いつものようにすぐ手を出してくることもなく、ただまっすぐに僕を見る。まだ僕はナマエの個性が使える。それでも尚近づいてくるのは、拳藤くらいだ。


「そろそろ、やめなよ。見ていて辛いよ」
「辛いなら見なければいいだろ。これは僕とナマエの問題だ。それに、彼女だって同意してただろ?」
「そうだけど…」


ぎゅっと胸の前で手を握り、拳藤は悲しそうに瞳を伏せた。
この中で辛いのは誰か、他の生徒が見れば辛いのは、僕らの様子を見せられるB組だと思うだろう。
でも、拳藤達は知っている。一番つらいのは、提案をする僕だという事に。彼女の気持ちに気付いていながら、それをすべてなかったことにしてはぐらかしている僕だという事に。


「いいんだよ、まだ今は」


ふいっと顔をそらす僕に拳藤が口を開きかけた時、見計らったように扉が開き、教科の先生が入ってきた。流石にその状態で話を続けようとは思わなかったらしく、拳藤は再度僕を見てから自分の席へと戻っていった。


「これも『なかったこと』にできればいいんだけどね」


ぽつりと零れた言葉は、誰かから返事をもらえることも、同意の言葉をもらえることもなく空気に解けて消えた。
それがとてもおかしくて、僕は誰にも見えないように小さく口元を歪ませた。




すべてを『なかったこと』にできたなら
(お互いにこんなにも苦しむことはなかったんだろうか…)
190108 執筆


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