複数ジャンル短編 | ナノ
――練習相手がいない、学校にこい。

そんなメールが弟から届き、私は今かの有名な雄英高校の門の前にいる。しかも時刻は夕方だ。別に明日は用事がないのでいいが、相変わらず姉使いが荒い弟である。
ちいさくため息をついて、文と一緒に送られてきたコードを門の読み取り部分にかざして入る。この学校は学校の学生証や職員証などを持っていないと雄英バリアなるものが発動するらしいが、弟が送ってきてくれたこのコードを使えば、一度だけ出入りが可能らしい。
そこまでして弟は私と戦いたいのかと疑問に思う。確かに小さい頃は色々と張り合って事あるごとにぶつかっていたけれど、今は絶対に実力も経験も弟の方が上だ。なにせ何人ものヒーローを輩出している学校にいて勉強をしているのだから。しかも今年はあのオールマイトが教師をしているというし、絶対に私と戦うより他の教師の人や仲間と戦う方が有意義なはずだ。


「おせえ」
「急に呼び出してその言葉はないんじゃないかな?」


迎えにきたのか、それとも待ちかねたのか、入口から少し行った先に弟は居た。ノースリーブのラフな姿はいつも家で見ていた姿だ。今は全寮制に入ってしまっているので、少しだけ懐かしい姿だと感じる。


「場所は?」
「寮の前の芝生」
「時間は?」
「いつまでいれるんだ?」


質問を質問で返すのはお姉ちゃんあまり好きじゃない。なんて少しふざけたことを考えながら「特に縛りはないよ。明日は休みだからね」と肩をすくめて見せた。私の返事を聞いた弟は「そうか」と小さく呟いて暫く考えるように瞳を伏せる。


「じゃぁ、1時間」
「了解」


ぐっと伸びをして体をほぐしながら、歩き出した弟の後に続く。見えてきたのは新しい建物。どこもかしこも新品で、流石最近できた寮だと感心する。私が普段暮らしている一人暮らしの家とは全然違うとても豪華な建物、きっと中身も贅沢な造りなんだろう。
おー、と感嘆の声を上げながら建物を見上げていると、ふと室内に見慣れた姿が見えた。もじゃもじゃの緑がかった髪。大きくぱっちりとした瞳。昔はよく弟と一緒にいた緑谷君だ。彼も大きくなったなぁとしみじみと年月の流れを感じていると、不意にその視線が私へと向けられた。驚きでみるみる見開かれる瞳に笑いながら軽く手を振っておく


「ついたぞ」
「はいよ」


距離を取る様に少しだけ先に歩いていた弟が振り返った。その瞳は暗くなってきた外でも爛々と光を放っている。私もだが、目力が強いと、暗闇であったときに少し怖いな、なんてぼんやり考えた。弟の場合は顔面の凶悪性もあるかもしれないけれど。
歩きながら多少体はほぐしていたが、それよりももう少し念入りにストレッチをして体を解す。弟との戦いは本気でかからないと怪我をしかねない。それは長年弟と手合わせをしていることで知っている。
お互いに十分体を解して、携帯やら壊れたら困るものは被害のいかなそうな寮の入口の階段付近に置いておく。何やら室内から複数の視線を感じたので顔を上げれば、さっき私を見た緑谷君を含めて複数の生徒が私と弟を見ていた。
まぁ、警備が厳重になった雄英に見知らぬ人が入ってきているのもあるだろうし、何より弟が一緒にいるのが珍しいんだろう。「あの爆豪が女性といる…!」と言わんばかりの顔をしている人が多いし、よく言われるので予想はつく。
挨拶にと軽く頭を下げれば、慌てて会釈を返してくれた。とても礼儀正しい子達だ。どこかの弟とは違う。


「おい、いつまで待たせるんだ」


学生の雰囲気が色濃く残る彼らを見て、自分も歳をとったなぁと感傷に浸っていると、いらだった様子の弟の声が飛んできた。いけない、生徒たちの方に気を取られて弟を忘れてしまっていた。「ごめん」と謝って改めて弟と距離を取れば、まだどこか不機嫌そうながらも弟はそれ以上何も言わなかった。


「じゃぁ、先手はあげるよ、勝己」
「あ゛?なめてんのか?」
「なめてないよ。いつもの事でしょ?」


そう、練習相手をするとき私は必ず初手を勝己にあげている。別に何か作戦があるというわけではないけれど、あえて理由をつけるならその初手の出し方で弟の成長具合を見ているのだ。どんな動きをし、どんな考えをするようになったのか。弟の動きを受けて、私は弟の成長を実感している。
こいこい、と手のひらで手招きすれば、少しいらだった様子の弟は、一気に走り出して距離を詰めてきた。攻撃を出すとき「死ねや!」という物騒な言葉が聞こえたけれど、そこは流すことにする。弟にとっては気合いの声のようなものだろうし。
そのまま振りかぶられる手を受けながら、鳩尾を狙うがそれは手によって防がれた。攻撃と防御、前はあまりうまくできていなかった同時の使用が最近ではできるようになったらしい。


「うん、いい動きになってきてるね、勝己」
「るせえ!上から意見言うな!」
「意見じゃない、素直な感想だよ。前よりも断然攻撃の幅も増えてるし、動きもよくなった」


繰り出される手を受けて、返すように蹴りを出す。それもまた受けられて、体制を変えてまた別の攻撃へ。基本手から出す個性のせいで手での攻撃が多い弟。私も似たような個性ではあるけれど、私の得意分野は蹴りなどの足での攻撃。勿論手の攻撃も防御も得意ではある。
ばちっと普通に手合わせしたなら絶対にならないであろう音が私達の手合わせでは当たり前のように鳴る。それは弟も私も本気で力を入れて相手を倒そうとしているからだ。


「手での攻撃と防御のレパートリーは増えてるね。でも…まだ蹴りへの対応は慣れてない!」
「っ!」


受けると同時に体を反転させ片足をけり上げる。所謂サソリ蹴り。流石にこれにはまだ対応しきれていないらしい。まともに蹴りを受けた勝己が数歩後ずさる。


「回し蹴りを受けるまではできてるけど、こういうのもあるんだよ」
「クソが!こんな蹴り、今までやったことねえだろ!」
「最近覚えたからね」


弟が日々鍛えているように私も技を磨いている。もう体格の維持とか体力作りという意味になってしまっているけれど、まだまだ弟に負ける気はない。
一撃が入ったら一度攻撃を止める。それは弟もしっかり覚えていたようで、ぶつぶつ文句をたれてはいるが続けての攻撃には移らず当たったらしい部分を手で撫でていた。


「まだやる?」
「やる」
「そう、わかった」


時計も外してしまっているので時間確認はできないけれど、まだ1時間はたっていないだろう。これならタイマーかけたほうが良かったかもしれないなぁ、と今さらな事を思いつつ、未だに闘志の光を放ちながら攻撃を繰り出してくる弟の姿に笑みを零した。




△ ▼ △





どれくらいの時間が経ったんだろう。きっと1時間以上は経ったと思う頃、弟との手合わせは私の携帯から鳴った着信音で中断された。
乱れた息を整える大きく深呼吸すれば、足りなくなっていた酸素が肺を満たしていく。空を見ればもう暗く、きらきらと綺麗な星々が輝いていた。
汗でじっとりと湿った服がうっとおしい。中に風が入る様に服であおぎながら携帯を取ると、着信相手は母だった。よくよく見れば着信履歴にびっしりと並ぶ母と父の名前。これはやってしまったと、冷や汗が伝う。


「もしもし?」
「ちょっとナマエ!?あんた何時まで勝己のところいる気!?」


電話口から聞こえてきた怒声に思わず顔を離せば、近寄ってきた弟もそれが聞こえたらしく「うるせえ」と感想を零した。まったく同意見だ。


「ごめん、母さん。ちょっと手合わせに夢中になっちゃって」
「だとしても!今何時だと思ってるの!!夜道は危険なんだから早く帰ってきなさい!!」
「うん、わかったよ」


心配してくれているのは分かるけれど怒声が色々とだめにしてしまっている。けれど、それくらい母が私を大切にしてくれることは痛いほどわかるので、弟に目配せすればどこか罰が悪そうに目を逸らされた。弟も少し反省しているらしい。


「もう切り上げてすぐ帰るから。うん、気を付ける。じゃぁね」


父が母をなだめる声を聞きながら通話を切って、息をつく。すると、くっと服を引かれる感覚がした。視線を向ければ弟が私の服の裾をつまんでいた。


「悪い」


小さく聞こえた謝罪。弟からの謝罪はとても珍しいので、一瞬何に対して謝っているのかわからずにぽかんとしてしまった。そんな私を見て弟はいらだった様に「時間」と言葉を付け加える。


「あぁ、時間ね。気にしないで、タイマーとかつけてなかった私も悪いから」
「……。」


ぽんぽんと軽く頭を撫でてやると、ふいっと顔がそらされてしまう。そう言うところは本当に苦手なんだなぁと思いながら手早く身支度を整えた。母にも伝えたので、早く帰らなければまた怒りの電話がかかってきてしまう。流石に二度もあの声を聞くのは避けたい。
来た道は覚えていたので歩き出せば、私とは違うもう一つの足音もついてくる。それは勿論弟のもの。別にあとは帰るだけなのでついてくる必要はないと思うのだがどうしたんだろう。不思議そうに見てみるが、弟は何も言わずにただ私の隣を歩くだけだった。


「勝己、もう大丈夫だから寮戻りな」
「あぁ…」


結局最初と同じ出入り口付近までついてきた弟。流石に誘拐やらなにやらの標的にもなっていたので、出口付近までついてこさせるわけにもいかない。校門が見えたところで帰る様に促せば弟は素直にうなずいた。ちょっと大人しくて気持ち悪いくらいだ。言ったら怒るので言葉にはしないけれど。


「……。」
「……。」


帰るように言ったのに弟は無言でそこから動こうとはしない。私も出口に向かえばいいのだけれど、その弟の無言が気になって歩み出すことができなかった。
そんな時間がどれくらい続いたんだろう。きっと数分だろうけれど、随分と長い時間に感じてしまうくらいの無言の後、動いたのは私の方だった。


「連絡くれればまた来るから、連絡頂戴」


お揃いの髪をわしゃわしゃと撫でれば、深紅の瞳が少し驚いたように開かれる。まるで、なんでわかったんだというような表情。あまりお姉ちゃんをなめないでほしい。頭を撫でる手を引き寄せて、ツンツンの髪を胸元に引き寄せる。弟からの抵抗は一切なかった。


「またね、勝己」
「…、…ん」


ぎゅっと小さく摘ままれた服の裾。それは弟の精一杯の甘えの表現だ。その感触に小さく笑って、ゆっくりと体を離す。
今度こそ背を向けて出口へと向かう私へ、弟は何も言わなかった。ただ、私が校門を出て、その姿が見えなくなるまで弟はただ静かに私の背中を見ていたと、こっそり後をつけて様子を見ていたらしい緑谷君から後で聞いた。




爆豪姉弟の戦闘訓練
180930 執筆


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