複数ジャンル短編 | ナノ
「女って不便よね」


しんと静まった静かな室内に彼女の声は良く響き渡った。


「あ?」
「女って不便ねって言ったのよ」


この耳は飾り?と俺の携帯ストラップだらけの耳を軽くペチペチと叩くナマエ。俺はそんな彼女の細い手を握り、そのままもう片方の手と一緒に彼女の頭上でまとめて動かなくした。そうすると下の彼女から「あら、動けなくなっちゃった」とのんきな感想がもれる。


「ナマエ、お前この状況わかっていってのか?その言葉」
「えぇ、重々わかっていた上で言っているわよ。人識の家に久々に遊びに行ったら遅くまで居座っちゃって眠くなったからソファに横たわったら、その上に人識が容赦なく圧し掛かってきて今現在私の両手を上でまとめて動けなくさせている状態だからこそ思った感想なんだから」
「どこかの欠陥みたいに言葉数多いよな、お前」
「褒め言葉として受け取っておくわ」


にこり。と傍から見れば美しい、それでいてどこか冷たさを含んだ笑みを浮かべるナマエ。そんな彼女の笑みが一瞬鏡であるあの男の無表情と重なって見えた。流石彼の姉。性格や見た目はまったく違っていても、一つ一つの仕草のどこかには弟のような印象を持たせるものを含んでいる。
それに、こんな男に押し倒されているという状態で頬の色一つ変えずに普通に会話を交わす女は彼女くらいなものだろう。ペロリ、と柔らかな頬を舌でなめれば「くすぐったいわ」と子供のように笑った。


「で、女がなんだって?」
「貴方のその顔の横についているものはやっぱり飾りみたいね。そのチャラチャラした飾りと一緒に切り取った方がいいと思うわ。むしろ切り取ることをオススメするわね。ちなみに私はさっき、女は不便ね、って言ったのよ」
「最後の言葉に行き着くまでに物凄く棘がある言葉を連発された気がすんだけど」
「きっと気のせいよ、と言ってあげたいところだけど残念ね。正解よ。おめでとう」
「……どうも」


静かな室内に乾いた拍手音が響き渡る。正確に言えばナマエの拍手音に似せた声が。腕を両方とも頭上に纏められてしまっているのでしかたなく声にしたのだろう。
光さえも飲み込んでしまう漆黒の瞳に輝きはない。その瞳に俺の色をさがすかのように顔を近づければまた彼女はそれを気にせず話し出した。


「何度もいうけれど女は不便よ。いつだって受ける側にしか最終的に行きつかないんだもの…」
「おい。雰囲気を感じ取れ雰囲気を」


俺の口と彼女の口があともう少しというところまで近づいているというのに淡々と話を続ける彼女は恐ろしい女だ。さっきまでキスしようとしていた俺の高鳴る気持ちは彼女の話によって完全になえてしまった。ため息をつき、抑えていた両手を離せばしびれていたのか、手をプラプラと振っている。

若干の怒りを込めて彼女の瞳を見つめれば、暗闇は小さく歪む。


「あら、ごめんなさい。あまりにも近づきすぎて逆に気がつかなかったの」


これで勘弁してね、と小さくリップ音をたて重なる唇。ふんわりとして甘い香りのするそれはすぐに重なって離れる。一瞬の出来事だったはずなのに俺にとってはまるで長い時間のよう。

目の前で優しく微笑む彼女の顔は柔らかい。


「で、話の続きなんだけど…」


キスは話を聞いてもらうための代償だったらしい。睨んでみても彼女は朗らかに笑って流すだけ。それに対して殺意も怒りも沸いてこない俺はかなりの末期。コイツにそこまで骨抜きにされているということだろう。

自分で言っていてなんだか虚しくなってきちまった。


「…わかったよ、話聞いてやる」
「ありがとう、人識」
「あぁ」


ふふ。と口を歪ませ笑う彼女はまるで子犬でも撫でるような感覚で俺の髪を撫でる。その心地よさに思わず頬が緩み、もっと、とねだるように彼女の胸へと顔を埋めれば母親が子を抱きしめるように、彼女は俺を優しく抱きしめた。

体全体を包み込む女特有の柔らかさ、彼女の体温、鼻をくすぐる彼女の香り。それ全てを今俺が、俺だけが感じ、独占できることの心地よさ。猫の様に瞳を細めれば少し上から鈴を転がしたような小さな笑い声が聞こえてくる。


「人識、まるで猫みたいね」
「るせ」
「ふふ、可愛いわ」
「男に可愛いって言葉は褒め言葉じゃねえよ」
「あら、本当のことじゃない」


返す言葉は、見つからなかった。むぅ。と唸ればナマエは楽しそうに笑い声を零す。


「話の続き、話すわね。私、いつも思うのよ。どうして女って生物はこんなにも不便なのか、って」
「不便、って。一部を除いては俺たちとかわらねえだろ?」
「そこ。その一部が重大なのよ」


そこ。の部分を思いっきり強調しながら彼女は話す。あ、ナマエ前より胸でかくなってる。


「その一部っていうのは、男には一生こない月経や妊娠でしょ?」
「まぁ、そうだけど」


逆にきたら恐ろしいことになるぞ。


「まあ大まかに言えばそんなことって言い切れるじゃない?でも以外と女性にとっては物凄く重要なところなのよ」
「そんなものか?」
「人識は男だからわからないだろうけど、月経や妊娠はとっても辛いのよ。あ、まぁ私もまだ妊娠は経験したことはないんだけどね」


当たり前だ。もし経験していたらその相手は今頃この世には存在していない。


「妊娠は孕まなければ一生経験することはないわ。でもね、月に一回くる月経はものすごく厄介なのよ。何時来るかは大体予想はつくんだけど、その間はもう毎日頭が痛かったり、気分が悪くなったり、お腹が痛くなったり。まぁそういうのは人によって多少は異なるんだけど、体の調子が狂うんじゃなくて怒りっぽくなったりとかね。常にイライラしている人もいるわ。むしろそっちの方が周りの人にとっては厄介中の厄介ね。ちなみに私は前者のほうよ。しかも、トイレに行けば毎回下着は血だらけ。最初ナプキンを変える時は手が震えたわ。変えるのに慣れるまでは時間もいつも以上にかかるから学生の頃はよく遅刻もしたっけ…。本当にこれは自分の?って聞きたいくらいの量のときなんかもう…あれはこれ以上の言葉では表せないわね」


この世の終わりと言うような顔でぼそっといいきったナマエは心底絶望した顔をしている。俺は「ふーん」と曖昧な返事を返しつつ彼女の柔らかな体にまた、顔を埋めた。その間にも上では彼女の女の不便についての力説は続き、最終的には若干身振り手振りまでくわえられている。

俺はそんなナマエをみつつ、可愛いと思う自分はもう末期だと改めて実感していた。


彼女が言う月経や妊娠は確かに俺たち男は一生経験することはないこと。でもそれが物凄く辛いことだということは見ている俺にも重々見て取れた。月に一回、一週間。それが来ている時のナマエはいつも苦しそうで辛そうで。
俺はただそんな彼女に寄り添ってそれが終わるのを待つことしかできない。その痛みや苦しみが半分でもいいから俺のほうに来ればいいのに、と思いながら。それを言えばナマエは「ありがとう人識。そう思ってくれるだけで十分嬉しいわ」と優しく笑うだけ。それがとても歯がゆくて、俺はいつも彼女のその笑顔から顔を逸らしてしまう。


「あと、情事の時に下にしかなれないし」
「はぁ!?じょ、情事って」
「セック――」
「いい!!正式名称言わなくていいから!!」
「あらそう?」


いきなりの年齢制限発言にぐわっと言い放てばナマエは面食らったように目を瞬かせる。俺は徐々に顔へと集まっていく熱を隠すかのように彼女の肩へと顔を埋めた。
でも、俺の真っ赤になった耳は横の彼女にもしっかり見えたらしく。


「なぁに人識、照れちゃってるの?初心ねー」
「うるせぇ…」
「ふふ、そこはまだまだ子供ってことね」


これが大人の余裕って事なのか。横のナマエは恥ずかしがっているそぶり一つ見せずにクスクスと笑う。なんだか悔しくなって彼女を上から見下ろすように多い被さってみる、それでもやっぱりナマエは笑う。まるで無垢で純粋な、この世の穢れと言うものを知らないような子供のような笑顔。


「ほらね、やっぱり女は下にしかなれない」
「下って…騎乗位もあるだろ…」
「体勢の問題じゃないわ。結局私は受けるだけ。どう転んでも掘られる方にしかならないでしょ」
「掘るとか掘られるとか直球に言うな。せめてもう少しオブラートに包んで」
「オブラートは水につけると溶けてなくなるって聞いたわ」
「……。」


何も言い返す言葉が見つからなかった。


俺に押し倒されている形のナマエはそんな俺を見てくすり、と笑い優しく頬を撫でた。その手は少し力を込めれば簡単に折れてしまいそうなほど細く、しなやか。腕だけではない。体全体が女性の理想像のように出るとこは出てひっこむところは引っ込んでいる。男にとってこれ以上にないくらいの理想の女性だろう。その言動を抜かして、だが。俺はそんな彼女を一度も抱いたことはない。彼女も俺に抱かれたことはない。
一度でもこの体を抱いてしまえば、まるで毒に犯されたかのように俺は彼女の体を求めてしまうだろうから。それほど彼女は美しく妖艶な雰囲気をかもし出している。それ故に無防備で無力。

その為彼女は何度男に絡まれ犯されそうなったかはもう手では数えられない。だが、そんな事が何度もったにも関わらず彼女の体が未だに汚されていないのは、俺と彼女の弟である欠陥が危機一髪で救出しているからで。お互いにお互い、彼女の事になれば喧嘩していようが遠くに出かけていようがすぐに駆けつけ力を合わせる。弟は自分の唯一の大切な姉を守るために。俺はこの世に二人といない最愛の彼女を守るために。

血眼になって探し出し、見つければ周りにいる男は全員零崎で解体する。その間に欠陥が彼女をこの光景が見えない場所まで誘導する。そんなやり取りは今はもう俺たちの中では当たり前のようになっていた。
零崎を終えた俺がそのままで彼女の元へと向かえば何故か彼女は毎回笑って俺に抱きついてくる。俺よりも少し高い背で俺の体をすっぽりと包んで毎回耳元で「ありがとう」と囁いてくる。それだけでその度に胸のうちに沸々と沸いていた怒りは綺麗さっぱり消えうせるのだ。彼女はそれがわかってやっているのかわからない。でも半分以上はわかっててやっているんだろう。

抱きつかれた時無様に慌てふためく俺を、欠陥が呆れたまなざしで見ているのに俺はまだ気がついてない。


「どうしたの人識。眉間に皺、寄ってるわよ?」
「あ、あぁ。なんでもない」
「そう?それならいいんだけど。いつになく人識が真剣な顔で悩んでいるから」
「まぁ、俺でも真剣に悩むときくらいある」
「神出鬼没で俺様で以外と妹好きで私の弟なんかと良くタッグを組んでいる人識が真剣に悩むときもあるのね。以外だわ」
「……犯すぞ」
「いやね、褒めてるのよ。私なりの褒め言葉よ」
「いや、絶対けなしてるだろ。今の言葉絶対全部がけなし言葉の粋に入ってんだろ」
「けなし言葉が私にとっての褒め言葉よ」


どこまで思考が捻じ曲がっているんだ。


(ま、そんなナマエに惚れた俺もそうとう捻じ曲がっているけど…)
「まぁ、こんな私と付き合っている人識もそうとう捻じ曲がっているでしょうけど」
「かはは、なんたって俺は殺人鬼の申し子だからな」
「ふふ、そうだったわね」


静かな部屋に男女の笑い声が小さく響く。そして俺は、まだ小さく弧を描き続けている小さな唇に小さなキスを降らした。

くすぐったそうに笑う少女、それに小さく笑いかける少年。二人の夜はまだまだ長い。




ある少女と少年の会話
(戯言遣いの姉と殺人鬼の少年のある日の会話)

…無駄に長い。
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