複数ジャンル短編 | ナノ
お風呂が上がってリビングで水を飲んでいると、母から一枚のタオルを渡された。


「勝己があんたの部屋いるから、よろしくね」


その言葉で、あぁ、いつものかと察する。今度は何をやったのかと思いつつ、なんだかんだ母の言葉通りに弟の面倒をみてしまう私も相当だと思う。
軽く首もとを拭くためにかけていたタオルをそのままに自室に行けば、電気が付いていない暗い室内にいる一つの人影。先に母から予告をもらっていなければ、私は思い切り叫んでいただろう。


「勝己」


名を呼べばぴくりと小さく動く肩。ゆっくりと振り向き私をとらえた瞳はどこか不安げに揺れていた。いつもの俺様節を披露している自信に満ちた弟の姿はなく、そこにいるのはどこか縋りつく場所を探す小さな子供。
名を呼んでも返事がないというのは相当重傷だなと思いながら、後ろ手で扉を閉めた。


「とりあえず座りな。立ったままじゃ辛いから」
「あぁ…」


一言も文句を言わずに大人しく返事を返す姿が逆に恐ろしい。けど、それはそこまで彼が思い詰めているという事を表しているんだろう。
二人分の座布団を敷いて、ベッドに背を預けるようにして座る。隣の座布団を軽く叩けば促されるままに勝己も隣に座った。その顔はまだどこか俯き気味で、瞳はゆらりゆらりと揺れている。


「学校で何かあったの?」
「……。」


返事は、ない。返事の変わりになる動きもない。これじゃ何があったかもわからないので小さく息を吐く。しかし、ここまで弱っている弟の姿も久しぶりに見た。
仕方がないので、色素の薄い頭をつかんで自分の片胸に押し付けた。むぐっとくぐもった声が聞こえたが気にしない。
体はさっきまでお風呂に入っていたので程よく温まっているだろうし、お気に入りのボディーソープも使ったので臭いとは言われないだろう。
されるがままの弟の頭に仕上げとばかりにタオルをかけて、顔が見えないようにしてやれば、鍛えられた腕が弱弱しく腰に回された。服をつかむ手はしわがつくほどに強いはずなのに、その姿からまるで縋りつく手のように見える。


「無理に聞く気はないよ。話したくなったら話せばいい、話したくないなら落ち着くまでこうしてていいから」


ぐっと少しだけ強まった手の力を感じながら、優しく優しく背中を撫でる。胸に顔を押し付けて何かを堪える勝己。彼が何を考えているのか、一応幼馴染であり同じ雄英に通っている緑谷君に聞けばわかるが、それをすれば弟は拗ねてしまうだろう。
こういう事は、聞かれて回るのはきっと嫌なはずだから。なら、本人の口が開くまで私はただ傍に寄り添って待つ。


「今日、オールマイトの授業があった…」


どれくらいの時間が経っただろう。ぽつり、と紡がれた言葉に静かに耳を傾けた。
どうやら、オールマイトが受け持った戦闘訓練で、勝己は授業の事よりも私情を優先して戦ったらしい。その相手が、勝己が今までずっと格下だと思っていた緑谷君であったのもあるだろう。
そして、結果として敵役だった勝己達は負け、評価でもなかなかに痛い指摘をもらったそうだ。


「あいつは、デクは、ずっと下だと思ってた…俺の後ろを歩くだけの、クソナードだって…」


勝己にとって、自分の土俵に上がってくるはずがないと思っていた幼馴染がそこに立ち、尚且つ勝己から勝ちを取った。それは勝己にとっては予想もできない出来事。私も話を聞いて少し驚いた。
いつも勝己を尊敬の眼差しで追いかけていた緑谷君。そんな彼が勝己に真正面から立ち向かい、勝利を取った。
きっと、緑谷君は勝己をかなり研究していたんだろう。憧れ、追い越したいと思う人物に関しての観察、研究は決して手を抜かない緑谷君だ。幼い頃から憧れている人物の一人だった勝己の事は、沢山調べて沢山研究しているに違いない。
下だと思っていた人物への敗北と同じ土俵に上がってきたという恐怖。それを同時に味わった勝己だから、こんなにも落ちているんだろう。


「けど、次は絶対負けねえ…誰よりも俺が一番になるんだ…俺が一番になって、オールマイトも超えたヒーローになる…っ」
「うん」
「デクにも、他の奴にも負けねえっ、俺は、強くなるっ」
「うん」


じんわりと湿り気をおびる胸元。ぐっと顔を胸に押し付けながら、まるで自分に言い聞かせるように勝己は言う。
負けない。次は勝つ。オールマイトも超える。
それにただ私は頷く。弟のヒーローへの憧れと情熱は本物だ。少し性格や行動が荒れているところはあるけれど、その信念だけは誰よりも真っ直ぐで純粋だ。隣で見ていた私はそれを十分わかっている。


「大丈夫、勝己はもっと強くなれるよ」


軽く勝己の体を抱き寄せて、お揃いの髪にすり寄る。
強い人間は大抵、早い段階で敗北を経験し己の弱さを痛感していると、どこかの雑誌で読んだことがある。そして、そこで負けという苦い味を知るからこそ、更に高みへと向かう事ができるのだと。
負けを知らない人間が知っているのは、勝利と言う名の甘い味と己の力のうぬぼれだけ。それしか知らない人間は、いつか大きな挫折を味わった時、そこでぽっきりと折れてしまう。だから、更に上に、更に高みに向かう気持ちをしっかりと作り上げていく人こそが、誰よりも強い人になれるのだと。
勝己は今日初めての敗北の味を知った。苦しさと、悔しさ。その苦い味を知って、勝己は改めて強くなると決意し、前を向いている。
勝己は大丈夫、そんな確信にも似た気持ちが私にはあった。


「勝己は、素敵なヒーローになれる。私が保証するよ」


私の言葉に、驚いたように勝己は顔を上げた。その瞳にはまだちょっとだけ涙が浮かんでいたけれど、さっきの不安の色は浮かんでいなかった。
少し動けば零れ落ちてしまいそうな涙を、そっとタオルで拭いてやり、私はもう一度「勝己は素敵なヒーローになれる」と繰り返した。


「なんで…そんなこと、姉貴がわかるんだよ」


少しだけ調子を取り戻したらしい勝己は、私の胸に顔を埋めてぶっきらぼうに呟いた。慰めた後は必ずするその行動。小さい頃からここだけは変わらないと小さく笑いを零しながら、応えるように私も勝己を抱きしめた。


「わかるよ。だって私は、あんたのお姉ちゃんなんだから」


ずっと一緒にいる弟の事がわかるのは当たり前だよ、と言うと、勝己は「そうかよ…」と呟いて、もふっと私の胸にまた顔を埋めなおした。




爆豪勝己とその姉
180917 執筆


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