複数ジャンル短編 | ナノ
夜は苦手だ。特に月が姿を消してしまう新月が苦手だ。真っ暗な空にいつも輝いている銀色の光がいない。それだけで私の胸には不安が渦巻き、それとは別の衝動が湧き上がる。
まるで嘔吐のようにじわじわ湧き上がり私の体を蝕むその衝動は吸血衝動。吸血鬼という個性を持っている私は月の満ち欠けによって吸血衝動が左右される。そして新月の夜は特にそれが強くなる。
そんなときはただひたすらにその衝動に耐えるしかない。途中まではトマトジュースを飲んだりしていたけれど、その紙パックは今や部屋の隅に転がっている。


「出久…」


ぽつり、と零れた幼馴染の名前。小さい頃から一緒だった彼は私の幼馴染であり、私に血を提供してくれる存在だ。吸血鬼にとって血は生きるための糧。だけどそれは誰でもいいというわけじゃない。食事に関しては誰でもいいけれど、個性の力を出すには相性がいい相手の血がないといけない。私の相手は偶然にも幼馴染の彼だった。
彼の血は他のどの血よりも甘美だ。一雫だって無駄にしたくないと思うほどに甘く、喉をとろりと通る時の感触には無意識に体が歓喜で震えてしまう。匂いだってどんな高級料理より良い。だから、彼が血を流した時、私はどんなに遠くにいてもそれを感知することだってできる。
でもその彼は今はいない。きっと今頃夢の中だ。吸血衝動が激しい時、何より彼の血が欲しいと思ってしまうけれどこんな夜中に行ったら迷惑だろう。だから私はただこの衝動に耐える。がりっと自分の腕に噛みついて、痛みに意識を必死にそらす。血が滴るけれど今は仕方がない。少しでも気を抜けば、私は外に出て誰かに噛みついてしまうだろう。夜中とは言え、誰かがいたりするかもしれない。せっかく一緒に寮に住んでいる皆にそんな恐怖は与えたくなかった。


「……っ」


ぽたり、と赤い雫が床に落ちる。ふーっ、ふーっ、と次第に荒くなっていく息。個性が完全には制御できていない今、私の瞳はその影響でぎらぎらと赤く光っているんだろう。それでもいい。こんなバケモノみたいな姿を他の人に見せるよりはましだ。一度深く息を吐きだして、呼吸を整えようとした、その時だった。コンコン、と私の扉がノックされた。誰が来たかなんて開けなくてもわかる。


「どう、して…」


扉の隙間から香ってくる嗅ぎなれた匂い。この日は絶対に来ないでくれと言ったのになぜ来たのか。驚きに反応できずに扉を凝視していると、渡していた合鍵で鍵を開ける音が静かな室内に響いた。


「ナマエ、大丈夫?」
「出久…なんで…」


部屋に入った後にしっかりと扉に鍵をかけ、不安そうに私へと近づいてきたのは出久だった。彼は血が流れる私の腕を見て、痛々しそうに表情を歪める。


「やっぱり心配だったから…僕がきたら抑えきれなくなるのは知ってるけど、それでも放っておけなかったんだよ」


あぁ、本当に彼は優しい。ぽたり、と今度は血ではない雫が床に落ちる。彼は私の目から流れる涙を指でぬぐい、ゆっくりと抱きしめた。


「僕の血を飲めば少しは治まるんだよね?飲んでいいよ…」
「でも、それじゃ出久が…」
「僕は平気だよ。それよりも、ナマエが傷つく方が嫌なんだ」


だから、いいよ。その言葉は、必死に抑えていた私の衝動を解き放つには十分な威力があった。横から抱きしめられたことで目の前に見える鍛えられた腕。きっとそのつもりで来たんだろう、彼は半そでの服を着ていた。目の前の腕を隠す布切れは一枚もない。私は大きく口を開けてその腕に思い切り噛みついた。


「っん」


ぶちっと皮膚を貫く感触が口から伝わり、つぎに甘い甘い血が口内いっぱいに広がっていく。私が噛みついている腕とは反対の手で、出久はただ優しく私の頭を撫でていた。その手つきはとても優しくて、また私の目からは涙が零れる。
じゅる、じゅる、と血を啜る音が部屋に響く。翌日に響かないように、彼を殺さないようにと思っているけれど、甘い血の味につい欲張ってしそうになる。それをぎりぎり残っている理性で押し込めて、私は必要な量の血をゆっくりと飲み込んでいった。
どれくらい彼の腕に噛みついて血を啜っていたんだろう。さっきまであんなにもひどかった衝動は治まり、私はゆっくりと腕から口を離した。噛みついた部位からはまだ血があふれ、もったいないので舌で丁寧になめとっていく。私の唾液には治癒の効果もあるので、そのまま彼の傷を治してぽふりと逞しい胸板に頭を預けた。


「治まった?」
「うん、ありがとう、出久」
「どういたしまして」


噛みついたときからずっと私の頭を撫でてくれている手は、口を離しても止まることはない。その心地よさと満腹になった満足感で、うつらうつらとし始める私を見て出久は小さく笑った。


「今日はナマエの部屋に泊まっていい?」
「うん」
「ありがとう」


ぎゅっと再度私を抱きしめなおす出久はなんだか嬉し気だ。でも、私も大好きな出久と一緒にいられるのでとても嬉しい。きっと明日一緒に部屋から出て来たら色々と騒がれそうだけれど、それすらどうでもいいと思うくらいに私は幸せだった。


「出久」
「なに?」
「大好き」


そう言って出久へと口づけると、甘い血の味がした。




吸血鬼の彼女
180912 執筆


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