コロリ、と小さな石が私の目の前に落ちる。ふう、と息を小さくはいて、頭に当てていた手を下ろしてその石を拾い上げた。
「なんだ、また使ったのか?個性」
「うん、痛みがひどかったから」
特にこの台風やらがやってくる時期は特にひどい。いつもは我慢したり薬などで対処するが、それすらもダメな時は自分の個性で対処している。「あんまり無理するなよ?」と気遣ってくれるクラスメイトにひらひらと手を振って、教材を詰め込んだ鞄を肩にかけた。
ヒーローを数多く育成している高校、雄英高校。その普通科になんとか入ることができた私は、新しく始まった学校生活をそれなりに謳歌していた。
マンモス校と言うだけあって人は多いし、有名なヒーローの姿を見ることもできる。食堂に行けばプロヒーローの料理だって食べることができる。そして、普通科と言っても生徒は様々な個性をもった子がいて、見るのも楽しいし話すのも楽しい。
とは言っても、私自身そんな何かあからさまな外見をしているわけでも特徴的な個性を持っているわけでもないが。
それでも、此処に来てから私の学校生活の中に、放課後は保健室に行くという流れができた。それは、この高校の屋台骨でもあるリカバリーガールから頼まれているお手伝いがあるからだ。
「失礼します」
「あ、来たね。早速頼むよ」
「はい」
がらりと扉を開けば回転いすを回して私を見るリカバリーガール。来て早々かと思いながらも鞄を適当な場所に置いて、示されたベッドへと向かった。
見ればベッドに腰かけている少年が一人。私の周りでは見たことがないので、きっとヒーロー科の人なんだろう。痛そうな腕を見つめていた大きな瞳が、現れた私へと注がれた。
「えと、リカバリーガール、この人は…」
「この子は私の助手さ。治癒ではないけど、それに似た個性を持っているから手伝ってもらっているんだ」
「ミョウジナマエと言います。よろしく」
「あ、ぼ、僕は緑谷出久って言います!よろしく!」
あわあわしながらも名乗ってくれた緑谷君。どうやら女子とはあまり話したことがないようで、視線をうろうろさせ顔が少し赤くなっている。そう言う私だって表面は無表情に近いけれど人見知りのところがあるので内心緊張ですごいことになっていた。
「じゃあ、早速なんだけど…痛む方の手を出してもらってもいい?」
「え、あ、はい」
おずおずと差し出されたのは包帯が巻かれた腕。刺激しないようにと慎重に触れればピクリと震えるその腕は、どうすればこんなになるのかわからないくらいに包帯の上からでもひどい怪我だという事がわかった。
けど、そこは部外者の私が口を出せるところではないと考えを切り替えて、そっと彼の手に自分の手を乗せた。意識を集中させるために瞳も閉じて、彼の腕にあるであろう痛みだけに集中する。
「え、あの…」
「静かに」
緑谷君の不安な声にそれを制すリカバリーガールの声。それを聞きながら私はゆっくりと個性を発動させる。
カツン、カツン、と何か硬いものが床に落ちる音がする。それでも私は個性を解かずに痛みに意識を向け続ける。数個の排出はできているだろうけれど、彼のおっている痛みは私の予想以上だった。
どうやったらこんなにも大きな痛みを我慢することができたんだろう。その痛みを受け入れてもなお、彼にはやりたい大きな目標があるんだろうか。それならばきっと、彼はとてもすごい人だ。
カツン、と最後の一つが床を鳴らし、ゆっくりと私は目を開く。彼と私の周りには数個の緑の石が散らばっていた。
「痛み、どう?」
「え?あ、なくなってる」
呆然と周りの石を見ていた彼が弾かれたように自分の腕を見て驚きの声をあげた。
「これ、もしかしてミョウジさんの個性?」
「うん。私は痛みを石として体外に出すことができるの」
それにしても、と合わせていた手をゆっくりと離せば、包帯だらけの彼の手に一つの緑色の石がある。くすみを知らない、内側に光を秘めた綺麗な緑色。私がいつも見ている自分の石とは違う、綺麗な石。
「緑谷君の石は、とっても綺麗なんだね。何か大きな決心と決意を秘めてる感じがする」
「へ!?いいいやいやそんな、ぼぼぼ僕なんてまだまだで」
もごもごと赤くなりながら俯いてしまった緑谷君。どうやら彼は褒められるのは慣れていないらしい。私の口からは自然と笑い声が零れていた。
「あの、この石って僕の痛みなんですよね?もしかしてこのまま持っていたらまた戻っちゃうとか」
「それはないよ。戻すときは私の力が必要だから。持っているだけならただの石」
床に散らばった石を集めてリカバリーガールが用意してくれた袋に詰める。石は痛みの大きさによって量も変わる。ずっしりと重くなった袋を見て、改めて彼が感じていた痛みの大きさを感じた。
「すごいね、痛みを外に出せちゃうなんて」
「ヒーロー科の人に比べれば全然だよ」
「ううん。これはすごい個性だよ。これがあれば痛みだけはなくせるわけだし、そしたら苦痛を軽減できるわけで、救助面でとても役立つし」
ぶつぶつと何やら考えながら自分の世界に入ってしまったらしい緑谷君。どうするかとリカバリーガールに視線を向ければ、彼女は小さく首を横に振った。どうやらこれは放っておいていいようだ。
石の全てをつめた袋をリカバリーガールに渡せば、今日のお手伝いはこれでおしまいだと言われた。きっと個性の反動の事も気にしてくれているんだろう。私の個性は使いすぎるとその反動でひどい頭痛が起きる。その痛みを排出することもできるけれど、結局それでまた頭痛がおきるので、鼬ごっこになってしまうのだ。なので、大量の石を出る治療のお手伝いをした時は早々に帰宅して休むように言われている。学生の本分は勉強、それを御手伝いで潰すなんてもってのほかなんだろう。
未だにベッドの方からぶつぶつと声が聞こえてきているけれど、置いておいた鞄を持って肩にかける。リカバリーガールに挨拶をして、ついでに緑谷君にも声をかければ彼は弾かれたように顔を上げた。
「あの、ミョウジさんって学科は?」
「私は普通科だよ。もしまた学校内で会えたら、よかったらお話してね」
「うん!勿論!あ、あと、治療ありがとう!」
あまり言われていない言葉に、一瞬瞳を見開いた。あぁ、彼は本当に優しい。きっとその優しさも、あの石の輝きに入っているんだろう。
「どういたしまして」
軽く手を振れば、照れくさそうながらも手を振り返してくれる緑谷君。その姿を見ながら保健室を出て、近くの壁に寄りかかった。
「…緑谷、出久君、か」
綺麗な石を持つ優しい男の子。また学校内で会えればいいな、と小さな期待を胸に秘めながら私は下駄箱へと歩みを進めた。
石を出す少女と緑谷出久180828 執筆
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