複数ジャンル短編 | ナノ
授業終了の鐘が鳴る。暫くすると帰宅のために入口から沢山の生徒が出てきた。流石マンモス校と言われるだけあって生徒の数も並ではない。こんな中から自分の探している目的の人物を見つけられるのだろうかと少し不安になったけれど、きっと大丈夫だろうという楽観的な考えで私は校門の柱に寄りかかった。
中に入るとなんちゃらバリアというものが発動するらしいので、仕方がない。通り過ぎていく生徒が警戒半分、好奇心半分の視線で私を見ているけれどそんなことお構いなしに、私はただじっと生徒が出てくる下駄箱の方を見続けた。
そんな事をし続けてどれくらい時間が過ぎたんだろうか。帰る生徒もまばらになってきたところで、目的の人物が姿を現した。片方には男の子、もう片方には女の子が彼を挟んで仲良しそうに話をしている。お友達ができたと母から聞いていたけれど、本当にできたんだなぁと失礼なことを考えてしまった。


「出久ー!」
「え?」


大きく手を振りながら名を呼べば、彼――出久は大きな瞳を更に大きくして私を見た。まぁ、事前連絡はしていないし会うのも久々だから仕方ない。ぶんぶんと大きく手を振ると「え、なんで、どうしてここに…!」とあたふたする出久。その反応を見るために言わずに来たんだよとは言わないでおこう。
両脇の二人が「デク君の知り合い?」「学生ではないよな」と言っている間にもあわあわする出久は私が声をかけた場所から動かない。考えるのに必死で体を動かすのを忘れてしまっているようだ。仕方のない弟である。ふぅ、と息を吐いて私はおもむろに両手を大きく横へと広げた。さながら、ハグをする前の姿。そのまま個性を発動すれば、さっきまであわあわしていた弟の体が問答無用で私の方へ引っ張られてくる。
母の「引き寄せる」が少し変化して受け継がれた私の個性は「引っ張る」。自身の視界に入っているものを好きな方向に引っ張ることができるこの個性で、私は出久を自分の方へと引っ張った。
「わあああああ!」と次第に大きくなってくる久々の弟の声に懐かしさを覚えながら、少しだけ小さな体を抱きとめた。その際、母遺伝の豊かに育ってしまった胸に出久の顔が埋まってしまったが気にしない。


「久しぶり、出久」
「むぐぐっ」


相変わらずのもじゃもじゃ頭をわしゃわしゃと撫でて、懐かしい弟の感触を堪能するように抱きしめる腕に力を込めた。何やら「む、胸っ、姉さん、胸がっ!」とくぐもった声が聞こえてきているけれど無視。離れていた分の感触を埋めるように私は彼の事を抱きしめた。


「で、デク君!?」
「緑谷君、大丈夫か!?」


慌てて駆け寄ってきたのはさっきまで出久と一緒にいた二人。一人は眼鏡をかけていていかにも委員長っぽい。そしてもう一人はボブの可愛らしい女の子。二人の声を聴いて、出久が一際強く暴れたので腰に回した腕はそのままに顔の手だけどけてやれば真っ赤な顔をした出久の顔が見えた。


「ね、姉さん!いきなりはやめてよ!」
「ごめんごめん、久々に出久の顔見たら堪えきれなくて」


メッセージなどで連絡を取ってるとはいえ、実際に会うのは数年ぶりなのだから仕方ない。感触を確かめるように優しく優しく頭を撫でれば、出久の顔から怒った表情は消えた。彼も私の気持ちを分かっているんだろう。


「それにしても、本当に大きくなったね、出久」


そして体も逞しくなった。母から個性が発現したと聞いたときはとても驚き、その個性は彼の体に傷を残してしまうものだと知ったときは不安でしかたがなかった。心配でメッセージを送ったりもしたけれど、これは自分の努力の証なんだと返ってきたのを見た時、あぁ、弟はもうヒーローに憧れているだけだった弟じゃないと実感した。出久は憧れの一歩先へと足を踏み出して、歩き始めている。その努力の証が、彼の腕や体に刻まれた筋肉や傷なんだろう。


「本当に、大きくなった…」
「姉さん…」


今度は個性を使わずにぎゅっと出久を抱きしめた。私よりも小さな伸長。けど、抱きしめた手から伝わるのはしっかりとした体の感触。これは、出久が頑張ってきた何よりの証。


「あー!何やってんだ緑谷!!」


そんな私たちの空気を壊したのは一際大きな悲鳴だった。思わず顔をそちらへと向ければ、何故か血涙を流す小さな男の子がいる。出久と同じ制服を着ているところを見ると同級生だろうか。そんな彼の後ろにはぞろぞろと数人の男女が私と出久を見ていた。


「なに校門の前でくっそうらやましいことをしてんだ!くそが!代われ!代わってくれ!」
「落ち着け峰田」


小さな男の子がぴょんぴょんはねて、それをマスクをした大きな男の子が抑える。そう言えばここは生徒がたくさん通る校門だったと思いだして出久を見れば、彼も今の状況を理解したらしく真っ赤になりながら私の体に回していた手を離した。それが少し寂しかったけれど、仕方がない。我慢しよう。


「ちちち違うんだ!この人は、その、ぼ、僕の姉さんで」
「え、お姉さん!?」
「緑谷君、お姉さんがいたのか!?」
「う、うん。社会人だから、一人暮らししてるけど…」


出久の説明で周りの視線が一気に私へと注がれる。


「緑谷ナマエです、いつも弟がお世話になってます」


ぺこりと頭を軽く下げれば慌てて周りの子も挨拶してくれた。うん、とってもいい子たちだ。


「でも、どうして緑谷の姉ちゃんがここに?」


ずいっと出てきたのは黄色い髪の男の子。全体的になんだかチャラい空気をまとっている。


「弟が雄英に入ったって聞いたから、そのお祝いと久々に顔を見にきたの。あまり頻繁に会えないからね」


ぽんぽんと出久の頭を撫でれば、出久の表情が柔らかくなる。それにつられるようにして私の表情も緩んだ。そんな私たちを見て、出久の同級生らしき彼らは「確かに、雰囲気とかちょっと似てるかも」「髪色とかね」「おっぱい…超でかい…」と思い思いの感想を述べている。最後に不吉な発言が聞こえたけれど、そのあとすぐにはたかれる音もしたので無視することにした。
わいわいと私と出久を見て話しかけてきてくれる子たちに返事を返していると、不意にピリピリと携帯が震えた。取り出して確認すれば入っていたのは仕事先からの連絡。その文面に目を通して小さくため息を吐く。せっかく弟に会えたけど、仕方がない。軽く画面をタップしてすぐに戻ると返事をし、携帯をしまえば出久が寂し気に私を見ていた。


「姉さん、それ、仕事の?」
「うん。ちょっと急ぎのが入っちゃってね」
「そっか」


少し俯き気味で零された声は小さい。その頭にまた手を乗せて撫でてやる。


「大丈夫。また会いに来るから」
「うん…」


弱弱しい返事に思わず苦笑が零れる。私も弟離れができていないとは自覚しているけれど、出久もまだまだ姉離れができていないようだ。本当にかわいい弟だ。だから私もついつい甘やかしてしまう。
頭を撫でていた手を離して、鞄に入れていた包み紙を出久へと差し出せば、出久は不思議そうな顔で私を見た。


「遅くなっちゃったけど、入学祝い。出久って文具の消費激しいからね」


中身はノートとペンと言うなんのひねりもないプレゼントだけれど、それが一番彼が喜ぶものだと私は知っている。予想通り嬉し気に包み紙を受け取り抱きしめる出久。その顔には笑みが広がっていて、自然と私も表情が緩んだ。


「それじゃ、私はそろそろ行くね。皆さん、出久の事、よろしくお願いします」


弟を取り囲む同級生に頭を下げれば、慌てて彼らも会釈を返してくれた。最後にもう一度出久の頭を撫でて、帰路へと歩みを向ける。あんなに素直でいい子達に囲まれているんだ。きっと出久は素敵な学生生活を送れるだろう。少しそれも心配で顔を出したという事もあるので、ほっと息をついたとき、後ろから出久が私を呼ぶ声がして振り向いた。


「姉さん!僕、頑張るから!」


しっかりと私を見つめて、発された言葉はとても力強く、瞳には決意の光で満ちていた。そんな弟の姿を見た、私の返事は決まっている。


「うん!応援してる!」


きっと弟は素敵なヒーローになれるだろう。不思議と、そんな確信が私の胸には満ちていた。




出久の姉は神出鬼没
180821 執筆


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