複数ジャンル短編 | ナノ
13舎には、決して死ぬことがない看守がいるという。そして5舎には、とにかく回避能力に長けた看守がいるという。そんな彼らの上司も一癖も二癖もあり、実力も相当だと知っている。
すべて私の主任から聞いた話ではあるけれど、うちの主任だって負けてないと思う。看守長に対する敬意と好意は相当のものだし、実力だって十分だ。何度も手合わせをしてもらっているけれど、私の攻撃が主任に届いたことはまだない。そこまで考えてふと思う。此処にはいろんな実力を持つ人がいる。恰好が特徴的な人だっている。そんな中で、私と言う人間はなんて平凡でちっぽけな存在なんだろうと。


「主任、私はどうやったらもっと強くなれますか?」
「どうした、藪から棒に」


書類を片付けているいつもの時間。ぽろりとそんな言葉が口から滑り落ちた。そんなに遠くない机で同じように書類処理をしている主任は不思議そうな顔で私を見る。いつもはどこか鋭さを秘めた瞳が少しだけ驚きで丸くなっていた。あ、すごい珍しい表情見たかもしれない、なんて考えが浮かんで消える。


「少し、最近耳に入ってくる新しい看守の人たちの実力を聞いて、私はまだ弱いんだと思いまして…どうすれば今よりも強くなれるかな、と」
「あぁ、最近他の舎に入った看守の事か…」


主任の記憶にも彼らの存在はしっかりと刻まれているようだ。それもそうだろう。死なない看守やあの悟空主任の攻撃すらも回避できる看守なんて記憶に残らない方がおかしい。主任は少し考えるように顎に手を当てたあと、動かしていた手を止めて私をまっすぐに見つめた。


「お前は、彼等よりも自分が弱いと思っているのか?」
「まぁ、少なからずは。私には死なないような体はないですし、そこまで回避能力はありませんから…」


未だに手合わせで主任から一本も取れてもいない。それらの記憶と事実に思わず視線が下がり、声が小さくなってしまう。あぁ、本当に情けない。私は彼等よりも先にここに入って、ずっと主任の隣で仕事をこなして、腕を磨いてきた。それでも、そんな努力は大きな実力の前ではただの平凡へと戻されてしまう。


「だから、そういう看守の人たちの事を聞いて、もっと私に力があれば主任の手助けになるかな、と思ったんです」


ペンを握る手に自然と力が入る。そんな私を見ていた主任は小さく息を吐いて席から立ち上がった。椅子をひく音に慌てて視線を上げれば、目の前には主任がいる。そして、質のいい手袋に包まれた手がゆっくりと持ち上げられ、「主任」と口を開こうとした私の額へと寄っていき。


「考えすぎだ、馬鹿者」
「いったい!」


ばちっといい音を鳴らしながらでこぴんされた。たかがでこぴん。されど、でこぴん。主任のように力が強い人がやれば、その威力は大きい。「うぐぉお…」と女性らしからぬ声を零しながら額を抑える私を見る主任は呆れた表情を浮かべていた。


「私の助けになりたいと思うなら、そんな事で悩む前に力をつける努力をしろ」
「でも、頑張っても私は他の人みたいには…」
「他人は他人だ。気にする必要なんてないだろう」


ぽふっと頭に乗る重力とは違う暖かな重さ。それが主任の手だと気付いたのは少し遅れてだった。その手は優しく優しく私の頭を撫でてくれる。その感触と暖かさに、額を抑えていた手を退ける。視線の先に見えたのは、優し気な表情をした主任。窓から入ってくる光を受けて白銀の髪がきらきらと光り、その奥に隠れる深紅の瞳が優し気に細められている。あまりに綺麗な光景に、私は何も言えずに主任を見つめた。


「ミョウジ、お前は十分強い。そして、十分私の役にたち、手助けしてくれている。だから、自信を持て」


その言葉と共に、最後に一撫でされて離れた主任の手は、そのまま私の頬に移動する。つうっと、何かが私の頬を伝う感触があることに気が付いて、自分が泣いていると自覚したのはぬぐうように動いて離れた主任の手に透明な雫が乗っているのを見てからだった。
私は、なんて馬鹿なんだろう。こんなにも主任は私の事を信頼してくれているのに。周りにばかり目をやって、勝手に考えて落ち込んで。情けなくて、とても恥ずかしい。けれど、ここまで主任が私の事を信頼してくれているというのが嬉しくてたまらない。
抑えようと思っても零れてしまう嗚咽と涙。そんな私を見て「その泣き虫癖は直さないといけないけどな」と困ったように主任は笑いながら、次から次へと零れ落ちてしまう涙を親指で優しくぬぐってくれる。それでも溢れる涙は止まってくれなくて、最後には声を上げて泣きだした私の涙が止まるまで、主任はずっと零れる涙をぬぐってくれていた。




四舎にいる看守は周りが輝いて見える
180817 執筆


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