複数ジャンル短編 | ナノ
ボールの弾む音がする。その音に誘われるように私の足は、体育館に向かっていた。
外はもう日も暮れて次第に暗くなっている。それでもそこだけは別世界のように明るい。


「きゅうけーい!」


一際大きな男性の声が聞こえたと同時に、ばたばたという足音がボールの音を消す。あ、タイミングが悪かったかもしれないと思ったが、今さら戻るつもりはなかった。
光が漏れる扉から中を見れば、坊主頭の人や背の高い眼鏡の人、そんな彼等にボトルを渡す綺麗な女性が見える。けど、私が探している肝心の人物が見えない。
もう少しだけ扉を開いてきょろきょろと見回していると、他の人より髪の色が薄い人物の背中が見えた。多分さっきの休憩の合図を出した男子学生と話しているその横顔は私が探している人。それを視界に入れた瞬間、ぶわっと顔が綻ぶのを自覚する。
きっと休憩だから邪魔したら悪いな、なんて思考は吹っ飛び、私は口を開いていた。


「こう兄!」
「ん?」
「なんだ?」


予想以上に大きくなってしまった声は目的の人物以外の視線も私へ集めてしまった。その多さに思わず扉に顔をひっこめた。


「お、ミョウジ来たのか」


「誰かの知り合い?」「女子!女子だ!」「田中!煩い!」と様々な声が響く中、私の耳は彼の声を逃すことはない。隠していた顔を再度出して、こくこくと頷けば、優し気に瞳を和らげて手招きをしてくれた。
「失礼します」と一言断りを入れ、ぺこりと一礼。そしてダッシュで目的の人物の「こう兄」こと菅原孝支の元に向かった。


「すいません澤村先輩、休憩中に…」
「気にしなくていいよ。むしろ菅原も待ってるようだったし」
「ちょ、大地何言ってんだ!」


慌てて澤村先輩の口をふさごうとしているこう兄。なんでそんなに慌てているのかと首を傾げれば「菅原も大変だな」と周りの人もなぜか言い出す始末。うーんと首をかしげ続けていると、こう兄に気にするなと言われたので考えるのはそこまでにすることにした。
先輩方と話していると「あの」と後ろから声をかけられる。振り向けば、さっきまで周りで見ていただけのオレンジ色の髪をした子が立っていた。身長は私と大体同じくらい小さい。そんな彼の横にいるのは目つきの悪い男子。どこか睨みつけるような視線に思わず私はこう兄の背中に隠れた。


「こら、影山あんまりじっと見るな。そういうの慣れてない子なんだから」
「え?す、すいません…」


なるほど、目つきの悪い方は影山君というらしい。


「そうだぞ、影山の目つきは怖いんだから」
「なんだと日向ボケェ!!」


そしてオレンジ髪の方は日向君というらしい。どっちも名乗ってもらったわけではないけれど、やりとりで名前を知ってしまった。「おぉ…」と言葉を零しながら尚もこう兄の背中から日向君の顔をつかんでいる影山君を見ていると、こう兄がぽんぽんと私の頭を軽く叩いた。


「ここに来たってことはいつものか?」
「あ、うん。でも邪魔になるなら…」
「別に平気だって」


あぁ、本当にこう兄は優しい。隣の澤村先輩と会話をしてボールを持ってネットへと歩いていくこう兄についていくと、他の人が興味深そうに私たちを見る。制服のままきてしまっているので、それも興味をそそる材料になってしまってるんだろう。


「ていうか、ミョウジその恰好のままやるの?」
「うん。大丈夫、ちゃんと下にスパッツ履いてるし、靴も履き替えたから」


ちゃっかり入るときに履き替えてきた室内靴を自信満々に見せれば「抜かりないな」ってこう兄は笑う。それにつられて私もにししっと笑った。
こう兄はボールを持ってネット近くに立ち、私は助走が付けられる位の距離までネットから離れる。「え、ちょ、まさか」という声が聞こえ、思わず口角が少しだけ上がった。
本当はきちんと着替えなくてはいけないんだろうけれど、それすら惜しい私は学生服のまま来た。こう兄の手からぽーんとボールが上がる。
少しだけネットに近いそのトスは私が大好きなトス。ぐっと足に力を入れて走り出せば、それは止まることはない。手を後ろに翼のように伸ばして振り上げる力に従って地を蹴る。
人が自力のジャンプで宙にいられるのはほんの数秒。けど、その数秒が私にとってはとても心地がいい。体が重力にあらがって浮きあがり、視点がいつもより高くなる。振り上げた手の先を見れば、そこには当たり前のようにボールがいる。まさにどんぴしゃりの位置。
自然と緩む表情をそのままに思い切り手を振り下ろせばずしりとした重みとバシンッという心地いい音。打ったボールは私が目標としていた場所にしっかりと叩きつけられていた。


「すっげー!」


地面に足をつけると日向君がキラキラした顔で私を見ていた。その隣にいた影山君も少しだけ驚いた顔で私を見ている。


「ほんと、ミョウジって日向並みによく飛ぶよな」
「女性版日向って感じだな」


両脇からにゅっと手が出てきたかと思えば、わしゃわしゃと髪をかき混ぜられる。それは澤村先輩とこう兄の手。まるで父親と母親のようだと思いながら手の気持ちよさに瞳を細める。
暫くその手を堪能して、少しだけ乱れてしまった制服を整えた私は澤村先輩に「ありがとうございました」と頭を下げた。
こうやって私がこう兄のところにやってくるのは今日が初めてではない。最初はすごく驚かれてしまったが、何度も通う内に逆に迎え入れられるようになった。本当は部外者を入れるのはあまり良いことではないんだろう。それが許されるのは部長である澤村先輩が許してくれているおかげだ。
「また来いよ」と笑ってまた頭を撫でてくれる澤村先輩に「はい!」と返事をして、こう兄にも御礼を言えばこう兄にも頭を撫でられた。なんだろう、私の頭は撫でやすい位置にあるんだろうか。


「じゃぁミョウジ、気を付けて帰るんだぞ?」
「うん」


内履きから外履きに履き替えて、かるく位置を調節するようにつま先で地面を数度蹴る。入口に来て私を見るこう兄の後ろには、日向君や影山君がいてなんだか興味津々な瞳で見ていた。おいていた鞄を持ち再度頭を下げて、校門へと向かう。後ろから見守るように見てくれているこう兄に手を振れば、微笑みながら振り返してくれた。それだけでも私の表情はまた緩む。
これでまた明日からの学校生活を頑張ることができると思いながら、軽くなった気持ちで私は自分の家に向かった。


その頃、体育館でこう兄が笑顔で他の部員に私に手を出したら容赦しないと、牽制していたんだと、後日会って口を滑らせた日向君から聞くのは別の話である。




菅原さん家のご近所さん
180424 執筆


top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -