複数ジャンル短編 | ナノ
※ネタ吐き出し場の「不死の看守は死にたい」の続きのようなもの


今まで片手で数え切れないほどの年月を生き、数え切れない知り合いを見送ってきた。それでも自分は死ぬことなく今も生きている。
後を追おうとしたのは何度もある。けれど、その度にこの体が邪魔をして、私は彼らの後を追う事ができなかった。
そう、今日までは――。


「げほっ…」


ぐちゅりと神経や肉が割ける音がして、ぼたぼたと私の周りを赤い血が彩る。その中心にいる私は自ら開いた胸に躊躇なく手を入れ、どくどくと力強く脈打つ心臓を引きずり出した。
一緒に太い血管も体の外に引きずり出され更に赤色が深くなる。そんなことは気にもせず、私は自分の手に握られた文字通り自分の心臓を目の前でそれを見下ろす主任へと差し出した。


「…っ、どうぞ…主任…」
「本当にいいのか?」
「はい、っ…ごほっ…おねがい、します…っ」


口からごぽりと血があふれ出し私の口を彩る。痛みなどとうの昔に麻痺してしまっているので何も感じない。感じるのは、私の手の中で脈打つ心臓の鼓動だけだ。
彼を私の私情に巻き込んでしまうのは申し訳ないが、それを飲んでもらうために私は彼の課した仕事をすべて終わらせた。量が量だったので、すぐに終わらせることはできなかったが、今日晴れて私はそのすべてをやり切った。その褒美として私は主任に言った。
――自分の心臓を握りつぶしてほしい、と。
いつも壁などの硬いものを手で破壊している主任にとって、弱い肉の塊を握りつぶすなんて造作もない。その綺麗な手袋を血で汚してしまうのは申し訳ないが、血管がつながったままの心臓を手渡せば主任はそれを見てから私へと視線を向けた。


「お前は書類作業が早いから、いなくなるのは少し惜しいんだがな」
「ははっ…ありがとう、ございます……でも、星太郎君だって、早いですから…大丈夫ですよ」


そう、私が消えてもそれを補う人はいる。私を抜いても13舎は大丈夫。それは13舎に所属していたからきちんとわかっていた。心臓を外に出してしまっているせいなのか、それとも自分の体を開いてしまっているせいなのか、徐々にぼんやりとしてきた視界。落ちそうになる瞼を必死に開いて「お願いします、主任」と再度声を紡げば、主任は少し手に力を入れて「なら」と静かに言った。


「賭けをしないか?これでお前がもし死ななかったら、今後死のうとするのはやめろ」
「…そんなの…できる、わけ……」
「できないように俺がする。お前は、自分を殺せるのは俺だけだと思ってるんだろ?だから、これでもしお前が生き残ったら俺は金輪際お前が死のうとするのを手伝わない」


ガツンと、まるで金属の棒でたたかれたような衝撃だった。これに失敗したら、もう自分は主任に死ぬ手伝いをしてもらえない。そうしたら、私はまたずっと生き続けなくちゃいけない。


「…いや、です」


出てきたのは拒絶の言葉だった。私の言葉に、主任は表情を変えずに私を見降ろし続ける。
その視線から逃げるように顔を俯かせ、地面にいうように私はまた口を開いた。


「いやです…また、あんな気持ちを…げほっ…味わうなんて…私は、嫌です!」


生きていて幸せだと思っていたのは最初だけ。後はただただ続く先の見えない生の道に絶望しか感じなかった。それをまた感じなければならない。それは、私にとっては言い現わしようのない恐怖でしかなかった。口を開く度にびちゃっと地面に落ちる血を気にせず、私は話し続けた。


「もう、十分生きました…!十分、幸せでした…!だから、もう…っ、もう、逝きたいんです…終わらせたいんです…」


この長すぎる人生を、終わらせたい。自然と目から零れ落ちていく涙。きっと他人に見せるには恥ずかしい顔だろうけれど、私は主任を真正面から見つめた。そんな私の叫びと表情を見ても主任の顔色は変わることはない。ただ静かに私を見降ろしている。


「なら、笑えよ」
「…え…」
「十分生きて、十分幸せなら、嬉しそうな表情で逝け。そんなどこかおびえた顔でいつもいつも俺に殴られてるんじゃねえよ」


これでいいと思って望んでいるならもっと嬉しそうな表情をしろ。主任は静かな口調で言った。


「そんな、こと…」
「あるから言ってるんだ。言葉では早く死にたいとか言ってるくせに、いざその時になると必死に生にしがみついている顔をしやがって。お前がいつまでも死ねないのは、お前の体のせいじゃない。お前の気持ちのせいだ」


死を望みながら、心の底ではまだ生にしがみついている。いつまでたっても死ねないのは、そのせい。主任に言われた言葉は衝撃的で、一瞬私の思考は止まった。
あんなにも死を望み。あんなにも生を嫌っている自分が、生にしがみついていた。まさかそんなこと、と思うも、それを言葉に出すことができない。違うのならば否定すればいいのに、その言葉が喉の奥にくっついて出てこない。


「お前が心の底から死にたいと思っていたら、すぐに死ねたはずだ。できないのは、お前がまだ生きたいと思っている証拠だ」


それを何度も見せられて疲れた、だから今日で終わりにする。そう締めくくった主任は、再度私の心臓をつかむ手に力を入れた。


「だから、死ぬ手伝いをするのはこれが最後だ。これでお前が死ねば、お前はそれでいいだろ。でも、死ねなかったら…」


そこで一度口を閉じ、主任は少しだけ考えるように瞳を伏せて口を開いた。


「俺の横で生き続けろ。それで、俺の最後を看取ってから、また新しいやつに死ぬ手伝いをしてもらえ」


は、と口から息と共に間抜けな声が漏れた。
主任は今、なんと言った?横で生き続けろ?
まるでプロポーズのような言葉に思考が止まる。そんな私など気にする風もなく、主任は私の心臓を握りつぶした。

主任が提案した賭け。心臓をつぶして死ねば私の勝ち、それでもまだ生きてれば主任の勝ち。主任が勝てば、私は主任の横で生き続ける。結果、どちらがその賭けに勝ったのか。
よくよく考えれば、そんなの結果が決まった賭けだった。私が死にたいと思えば私は簡単に死ねたのだ。それができなかったのは、まだ生きたいと思っていたから。
心臓をつぶされる間際、プロポーズのような言葉を聞いてしまった私がどう思うかなんて主任は手に取る様にわかっただろう。後から考えれば、主任は確信犯じゃないかと思えてならない。いや、きっと確信犯なのだろう。後でそのことに気が付いたが、怒りという感情は出てこなかった。


「主任、頼まれていた書類終わりました」
「あぁ、そこに置いといてくれ」


あの一件以降、私は主任に死ぬ手伝いをしてもらえなくなった。それでもそれが苦とは思わない。むしろ、あの時に主任がああ言ってくれたからこそ、今の自分があると思った。
変わることのないいつもの13舎。そこにあるいつもの看守室。その中の自分の席で、いつものように澄ました表情で書類を処理していく主任の横で、私は今日も生きている。




不死の看守のその後
180315 執筆


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