複数ジャンル短編 | ナノ
拳が空を切る音。自分たちを監視する看守の指導の声。それらを聞きながら、俺は今日も変わらずにベンチで横になる。時々「ほんとクズですね」というウパやリャンの声が聞こえてくるので、目は閉じていても耳はしっかりと働かせている事を知らせるように「クズって言うなよ」と返事を返す。
それが鍛錬時間の俺の過ごし方。けれど、最近その時間に新しい時間が生まれつつあった。


「チィーさん、またサボりですか?」


ふと背後に気配が来たかと思えば、そんな声が上から降ってくる。閉じていた瞳を開けば、俺の顔を覗き込んでいたのは最近ここに配属になった看守のミョウジだった。


「サボりじゃないよ、体調が悪いだけ」
「鍛錬の時だけ悪くなる体調を持っているなんて大変ですね」


くすくすと小さく笑いながら俺を見下ろす彼女の表情は穏やかだ。他の看守のように呆れや怒った表情じゃない。それがとても俺にとっては新鮮だった。


「そう言うあんたこそ、こんなところでなにしてるんだ?仕事は?」
「今日は鍛錬をしている皆さんを見るのが私の仕事です」


だから、寝ているチィーさんを見るのも私の仕事です、とどこか気の抜けた笑みを浮かべて彼女は言う。最初はてっきり、鍛錬に参加しろなどというのかと思えば、そんな事はなく。彼女はただ、俺が寝ているベンチの近くの壁に寄りかかってたわいもない話を振ってくるだけだった。
それがいつしか鍛錬時の楽しみになって、俺は更に鍛錬の時間は体調不良を理由にこうやってベンチで寝るようになった。そうすれば、決まって彼女が寄ってくることを知ったから。
隣にいてくれる時間はあまりないけれど、それでもその間にする会話はとても心地よいことを知ったから。卑怯な奴だとウパとリャンからは言われるが、そんなの知ったことではない。
暗い闇の世界を知っているからこそ感じる、彼女の隣の心地よさ。それをつなぎとめておけるなら、いくらでも理由をつけて俺は彼女が寄ってくる口実を作る。


「そう言えば、チィーさんは草花に詳しいんですよね?」
「まぁそれなりにね」


本当に詳しいのはその草花をいかに薬や毒にするか、という事。あえてそこまで言わずに返せば、彼女は最近自分の部屋で植物を育て始めたという事を話し始めた。


「へぇ、ちなみに、種類はどれにしたの?」
「あまり知識はないので、初心者向けとオススメされた観葉植物にしました」


彼女が口にしたのは、決して花を咲かせることはない種類。普通の女性ならば、花や実をつける植物を選ぶんじゃないかと不思議に思って聞いてみれば、匂いに敏感らしくそういう種類は苦手らしい。「勿体ない」と言えば、葉だけの植物にもいいところはあると思って、と彼女は楽し気に笑った。


「女性なのに、あんたはどこか変わってるね」
「そうですか?」
「あぁ、葉だけつける植物を選ぶ感覚とかもあるけど、俺にこうやって話しかけてくるところとかも変わってる」


普通の看守ならば、囚人にこんな風に気軽に話しかけてこない。看守は囚人を監視するのが仕事なのだから。


「こうやって俺がサボっていても怒ることもないしね」
「あ、やっぱりサボりだったんですか」
「最初から分かってるでしょ?」
「まぁ、そうですね。何度か見てればわかります」
「でも怒ったり注意しない」


そう、怒ったり注意はしない。彼女はただ、こうやって俺に話しかけてくるだけ。だから、とても変わっている。再度「やっぱり変わってるよ」と零せば、「そうかもしれませんね」と彼女はまた柔らかく笑った。




五舎にいる変わった看守
171222 執筆


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