複数ジャンル短編 | ナノ
じめじめむしむしとした室内。たらりと自分の頬を垂れる汗さえもうっとおしく感じ、手の甲で少し乱暴にふいた。それでも後から後からふきでてくる汗は止まらない。空調はそれなりに管理されているが、この夏という季節はどう頑張っても暑いものは暑いのだ。
次第には自分の汗で湿り気をおび始めてしまった書類を見て、私は動かしていた手を止めた。そっと視線を動かせば、涼しい顔で書類に向かう四桜主任の姿がある。暑そうな恰好をしているというのに、なぜあんなにも涼しい顔で黙々と書類に迎えるのか不思議でならない。


「どうした、手が止まっているぞ、ミョウジ」
「え、あ、すみません主任」


手元の書類から目をそらさずに言葉だけが飛んできて思わずどもる。流石に、暑くてやる気が削がれましたなんて口に出せず、うう…と唸っていると、かたんとペンを置く音がした。
俯けていた視線を上げれば、白銀の髪の奥から鋭い深紅の瞳が自分に向いていてビッと背筋が伸びる。


「あの、申し訳ありません。ちゃんと仕事しますので…」


だらだらと暑さとは違う汗が流れだす。これ完全に怒ってるんじゃないかと内心焦っていると、小さなため息が聞こえてきた。


「ミョウジ、今は何時だ」
「えっと、多分15時過ぎくらいかと」


なぜいきなりそんな質問をと思いつつも大人しく答えれば、四桜主任は席を立って室内に備え付けられている棚を漁りだした。その背中をじっと見ていると、木でできた入れ物にこんもりと入ったお菓子を出される。


「あの、主任…これはどうすれば」


唐突すぎて頭の処理能力が追い付かぬままに問えば、主任は冷えたお茶をお菓子の横に置きつつゆっくりと口を開いた。


「ずっと仕事をしていては効率が悪い。これでも食べて少し休むといい」


そう言って主任が背を向ければ、羽織った着物がふわりと揺れる。ぱたんと扉が閉まり、静かになった部屋に残されたのはぽかんと口を開けた私だけだった。




△ ▼ △





「と、言うわけで、おすそ分けに来ました」
「お、気がきくね、ナマエちゃん」


ひんやりと冷たい空気が漂う地下牢獄。その牢獄の一つにいる634番さんの方へ、主任から貰ったお菓子を差し出せば嬉し気に彼は手を伸ばす。


「にしても、相変わらず犬ちゃんは気が利くね」
「ほんとですよ。もう頭が上がらないです」


仕事もきっちりとこなし、何事にも真面目に取り組み、部下にすらも気を回す。あれが世の中で言うできる人間というのだろう。ぽりぽりと煎餅を食べながら「私もあんな感じのできる大人になりたいです」とぼやけば、634番さんは不思議そうに首を傾げた。


「ナマエちゃんは今のままでも別にいいんじゃない?別にさぼってるわけじゃないんだし」
「まぁ、そうなんですけども」


それでもなんだか申し訳なくて、むう、と唸れば、鉄格子の向こうから大きな手がにゅっと伸びてきた。


「気にすることないって。今も十分ナマエちゃんはできる大人だよ」


俺みたいな囚人にもちゃんと気を回してくれるし、と優しい声で言葉を紡ぎながら少し乱暴に撫でられる頭。そこから伝わってくる暖かな温もりに、自然と私は小さく頷いていた。


「ありがとうございます、634番さん」
「元気でた?」
「はい、634番さんのおかげです」


ありがとうございます、と再度感謝の言葉を零せば、鉄格子の向こうで634番さんの口元が小さく弧を描いた。




634番とある看守
170823 執筆


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