複数ジャンル短編 | ナノ
十三舎へ出勤したとき、大抵の場合は何かしらの騒動が起こっている。大抵は十三房のメンツが脱獄しているが、偶に他の騒動が起こっていることもあった。


「わあああああああ!!」
「あ、これは主任だ…」


おはようございます、と看守室の扉を開いたときに聞こえてきた叫び声。方向からしてまた十三房の誰かが何かをしたんだろう。今日も変わりないと思いながら、星太郎君と大和副主任へとあいさつをして、自分の席へとついた。


「主任、何かあったんですかね?」
「十三房の誰かが何かしでかしたんじゃない」


個人的におそらく今回は15番君だろうかと思考を巡らせていると、バタバタという荒々しい足音がして看守室の扉が開かれた。立っていたのは声の主である主任、そして、私が身に着けている看守服とは正反対の真っ白な看守服を身に着けた一人の看守だった。


「主任、後ろにいる看守はどなたですか?」
「今日から十三舎に配属になった新人看守だ…」
「双六仁志です、よろしくお願いします!」


びしっと綺麗な敬礼でにこりと笑う新人看守こと双六仁志さん。星太郎君や大和副主任はすでに会ったことがあるようで、久しぶりと声をかけていた。


「あれ、でも双六って苗字、主任と同じですよね。兄妹とかですか?」
「あぁ、そうだ」


どこかぐったりとした様子でソファーに座った主任は、大きくため息をつく。せっかく兄妹が同じ職場に入ってきたのにどうしてそんなにもぐったりしているんだろう。普通こういうのはもっと喜ぶ場面ではないんだろうか。少なくとも、一人っ子の私としては身近に兄妹がいてくれるというのはとても言いことだと思うが。
はて、と主任の様子を見て首をかしげる私を見て星太郎君は苦笑を浮かべて、こそこそと事情を話してくれた。彼が主任の兄弟で、そして、性別が男であることを。


「え、女性じゃないんですか!?」
「はい!お兄ちゃんがいつもお世話になってます」


そう言って笑う顔はどこからどう見ても女子そのものだ。むしろ私よりも女子力高いのではないだろうか。まだ事実を理解しきれず頭をショートさせている間にも、主任達の話は進む。
いつの間に来ていたのか、15番君や他の十三房メンバーが看守室に集まり、突然開始を告げられたのは「十三房恒例鬼ごっこ」。恒例は彼らが勝手に言っているだけだが、それでも主任の怒りの導火線に火をつけるだけの威力はあったらしい。お手伝いをすると言って追いかけていった仁志君を追いかけ、怒鳴りながら飛び出していった主任の背中を見つつ、私は心の中で11番君と69番君に向けて手を合わせた。あの怒り具合だと確実に拳骨はもらうだろう。
さて、私はどうしようかと室内を見渡せば、大和副主任に肩車されている15番君がいる。あれで捕まっていることになっているらしい彼は、そのまま副主任と共に主任達の後を追って部屋から出ていった。残ったのは25番君と星太郎君で、25番君は星太郎君が入れたお茶を飲んでのんびりしている。追いかけなくてもいいのかと聞けば、薬を飲んだ後なので過度な運動は控えるように言われているらしい。


「じゃぁ私もここにいようかな」
「わーい!ナマエちゃん、膝枕してー」
「いいよ、こいこい」


はしゃぐ25番君の隣に腰を下ろして膝をぽんぽんと叩けば、ころんと緑色の頭が乗ってくる。ほっそりとした体型の25番君の頭は他の男性よりも軽い。まるで子供に膝枕をしているような重さを膝に感じながら、優しく髪を撫でると嬉しそうな声が手元から聞こえてきた。


「主任達、どれくらいで戻ってきますかね。やってもらいたい書類がまだあるんですよ」
「いつもぐらいの時間で帰ってくるんじゃないかな。多分…」


今回は15番君がいない分、トラップ解除には時間がかかるだろう。もしかしたらいつもより早いかもしれないと考えながら、星太郎君が入れてくれたお茶を飲んでいると、どごんっと低い破壊音が響いた。これはいつもならばしない音なので、思わず私と星太郎君の動きが止まる。私へと視線を向けた星太郎君の瞳には不安の色が広がっていて、それを無視してお茶を飲めるほど私の神経は図太くないので、そっと湯呑を机へと置いた。まだほとんど飲めていないけれど、仕方がない。


「あの、ミョウジさん、やっぱり僕…」
「私が見てくるよ」
「え、でも」
「大丈夫、見てくるだけだから。星太郎君は25番君の事お願い」


最後に一撫でし、そっと25番君の頭を膝から降ろして立ち上がる。「えー」と残念そうな25番君にまた今度と約束をして、自分の机に置いていた帽子を被った。
気を付けてくださいね、と背中にかかる声に軽く手をあげて返事をして足早に部屋から出れば、再度少し遠くから、どかん、という破壊音が聞こえる。これは本当に危ないかもしれない。とりあえず十三舎の見取り図を思い出して、音の発生源に一番早くつけるルートを導き出す。


「でもこれ、本気のバトルになっていたら無理だよね」


頭の回転は悪くないと言われるが、力はそこそこなのでもし15番君が本気で脱走しようとしたときのような状態だったらどうしようもない。できるとすれば囚人達の安全確保くらいだ。それでも、いないよりはましだろうと考えて、音が聞こえるほうへと足を進めた。




△ ▼ △





「しゅにーん」
「なんだ、ミョウジか」


何度目かの角を曲がった先に見えた背中に声をかければ、少しだけ汗をかいた主任が振り向く。来る途中ぼろぼろになった壁や扉などがあったが、最悪の事態にはなっていなかったのでほっと胸をなでおろした。
主任の前には三鶴部長と仁志君もいた。三鶴部長はいつものテンションだが、仁志君の方はなぜか落ち込んでいるように見える。


「やっほー!ミョウジちゃん」
「こんにちは、三鶴部長。今日も元気ですね」
「まーね!それが俺の取り柄の一つだから!」


イエーイ!とマイクなしでも耳にびりびり来る声量で応えてくれる三鶴部長に思わず苦笑する。隣の主任はほとほと疲れた顔で見ているが、三鶴部長には見えていないようだ。いや、もしかしたら気づいていながら無視しているのかもしれない。おそらく後者の確率が高いだろう。


「それで、なんで三鶴部長がここにいらっしゃるんですか?」
「俺は仁ちゃんを迎えに来たんだよ。本当の配属先に案内するためにね!」
「本当の配属先?仁志さんの配属先は此処じゃないんですか?」
「そゆこと!ここには今日限定配属ってことで俺が案内したんだよん。まだ看守長にも伝えてないんだけどね」


説明どうしよー、と楽し気に笑いながら三鶴部長は主任に絡む。普通そこは頭を悩ませるからそんな顔はできないと思うので、多分もう説明内容はできてるんだろう。相変わらず頭の回転は速いなぁと感心しながら主任達のやりとりを見ていると、横から軽く服の袖を引かれた。視線を向ければそこにいたのは、話題の中心である仁志君。


「あの、貴方がお兄ちゃんが言っていたナマエさん?」
「え?あ、はい。多分そうだと思います」


主任が私の事をどう伝えているかはわからないけれど、ナマエという名前は私のものだ。肯定の返事を返せば、ぱっと彼の表情が明るくなる。漫画で表すならきっと周りには沢山の花が咲いているだろう。


「お兄ちゃんからお話は色々と聞いてたので、前から会ってみたいと思ってたんです!よかったら今度お茶しませんか?」
「お茶、ですか」
「はい。ご迷惑ですか?」


どこかうるっとした様子で見上げてくる瞳に映っているのは不安の色。ほんと、どこをどうやったら彼が男性という性別を獲得したのかわからないくらいに女子力が高い。神様は彼を生み出すときに性別をつけ間違えたんじゃないだろうか。ふっと遠い目をしていると「あの…大丈夫ですか?」と心配そうな声がかけられた。いけない、ついつい思考を飛ばして返事をし忘れていた。


「私なんかでよければ構いませんよ」
「本当ですか!有り難うございます!!」


やったぁ、と手を合わせてふわりと笑う姿はまさに女子。うん、勝てる気がしない。私の手を取って「落ち着いたら連絡しますね」と頬を染めて言われ、つられるようにして私の目じりも緩む。


「いろんな話をしましょうね。此処の事とかも沢山教えてください」
「勿論です。あまりためになるかはわかりませんけど」
「そんなことないですよ!それと、もしよければですけど」


そこで言葉を切って、仁志君は一度深呼吸をする。そして、そっと私へと顔を近づけてきたかと思うと、耳元に口を寄せてさっきとは違う低く、男性の声色で呟いた。


「ナマエさんの事も、色々と教えてください。僕、とっても興味があるので」


ぞくりと背筋が震える。恐怖などからくるものではない、感じたことのないその震えに一瞬私の動きが止まった。そして、次第に熱を帯びていく頬。そんな私の反応を見て、目の前の彼は先ほどの可愛らしいものではない、どこか獲物を狙う肉食獣のようなぎらりとした瞳で私に微笑みかけた。


「仁ちゃーん、そろそろいくよ〜」
「あ、はーい!」


そのまま立ち尽くしてしまっている私に「それじゃ」と言い残して離れていく仁志君。兄である主任へと言葉をかけながら去っていく彼に私は何の言葉もかけられず、振り向いた主任に不思議そうな顔で声をかけられるまで動くことができなかった。




不真面目な看守と双六仁志
170507 執筆


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