複数ジャンル短編 | ナノ
狭い座敷牢から出た僕に待っていたのは、広い世界と自分の能力を知る人間から向けられる恐怖の目だった。白と黒の髪。手に持っている片足のない人形。そして、自身が持っている異能力の力。そのすべてが、周囲を遠ざける原因となっているのは、はっきりと認識できていた。
けれど、もっとも忌み嫌われるこの力は己が欲して手に入れたものではない。発動条件も、自身を傷つけなければいけない。その痛みになんど涙を流したことか。それでも、それをぬぐってくれる人間は誰一人として現れることはなかった。当たり前だ、僕に触れれば下手をすれば呪いがかかってしまうかもしれないんだから。
けれど、そんなポートマフィアの人間の中に、一人、僕に接してくるようになった人間がいた。名前はナマエ。最近入ったのだと語った彼女は、上から僕の世話係に任命されたらしい。


「やめたほうがいいよ、僕に触れたら呪いが付くから」


初めて出会って、自分へと伸ばされた手に対してこぼれたのは拒絶の言葉だった。周りから恐怖の目で見られる人形を抱きしめて、彼女の顔を見ないようにしながら発したその言葉。きっとこれで彼女も自分のもとから去っていくんだろう。そう思っていると、不意に頭に重力とは違う重さが乗った。


「大丈夫、私は貴方に触れても呪いにはかからないから」


彼女もまた異能力持ちなのだと、彼女自身が言った。ただ、その力は周りを傷つける事も、守ることもできない。ただ己自信を守るためにしか使えない力だという。


「私には異能力が通じないの。まぁ、単なる力での攻撃とか、武器とかの攻撃は普通に受けちゃうから、自己防衛以外の使い道はないんだけど」


はは、と困ったように頬をかきながら笑って、彼女は僕の頭をなおも撫で続けた。


「でも、この力のおかげで私は貴方の怪我を手当てすることができる」


Qという存在、そしてその力は所属したときから知っていたらしい。そして、その力の発動条件も。
僕の怪我の手当てをする任に就きたい、そう言ったのは彼女からだったらしい。彼女が所属していた上司の口添えもあって、上層部からその能力ならばと許可をくれたそうだ。


「話にしか聞いていなかったけれど、傷を負わなくちゃいけないっていうのがずっと気になってて…ダメもとで、中也さんに頼み込んだんだよ」


包帯で巻きつけられたカッターの刃。それによってできた切り傷。滴る赤い血におびえることなく、彼女はそっと僕の腕から血だらけの包帯を巻きとっていく。現れた生傷だらけの腕に、対照的な傷一つない手をそっと乗せて、まるで温もりをわけるように優しく優しく撫でてくれる彼女の手は今まで触れてきたどの手よりも暖かく感じた。


「血、ついちゃうよ…」
「平気だよ」
「でも、気持ち悪いでしょ?」
「そんなことないよ、この傷は久作が頑張ってきたって証だから」


気持ち悪いなんて感情は出てこないと、彼女は僕の傷に薬を塗って、丁寧に丁寧に包帯を巻いていく。まるで、大切な宝物を守るように。
ぽたり、と頬を伝って零れたのは一滴の雫だった。ひっくひっく、と嗚咽を零すのは僕の口だと、遅れて気が付いた。
いつ以来だろう、こうやって人と接して、人にやさしく触れてもらったのは。あまりにも長い間、人からの冷たい視線を受けすぎて、この暖かさを僕は忘れてしまっていた。
ぼろぼろと涙を流しながら嗚咽を零す僕を、そっと抱きしめてくれたのは細くしなやかな腕。ふわりと香ったのは優しい花のような香り。あぁ、人に抱きしめられるとこんなにも暖かいのか。人と触れあうというのはこんなにも心が安らぐことだったのか。
胸の奥から湧き上がる感情の波をとどめる術を知らない僕は、目の前にある温もりを離すまいとしがみついて、わんわんと泣いた。ただ、次から次へと湧き上がってくる感情の波に身を任せて、周りなど気にせずに大きな声で泣いた。
そんな僕を、彼女は優しく優しく抱きしめていてくれた。暖かい手で背中を撫でながら、何も言わずにただ優しく撫でていてくれた。


「大丈夫、これからは私が久作の傍にいるよ。ずっとずっと傍にいるよ」


小さな幼子にいうように優しい声が頭上から降ってくる。その心地よさに、温もりに、僕の瞳からまた一粒涙が零れた。




嫌われ者の涙
170528 執筆


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