複数ジャンル短編 | ナノ
「相変わらず、ここは煌びやかだなぁ…」


入口の看守に挨拶をして、開いた扉から中へ入ったときにこぼれた最初の第一声がそれだった。いたるところにヒビが入り、いかにも年季の入った建物だと感じされる十三舎と違い、三舎はどこもかしこもきれいで、そしてピンクのライトが目に痛い。視覚的に痛い。
けれど、ここを通らなければ自分が主任から任された仕事は達成できないので、大きく息を吐いてゆっくりと足を踏み出した。
まさに牢獄という感じの牢屋と違う、まるで鑑賞物を保管しているような牢屋の設備。ガラス張りの奥から私を見つめる囚人の視線を振り切るように足早に歩いていると、「そこのお嬢さん」と声が飛んできた。ここに来るといつものようにそう声をかけてくるのは彼らしか思い浮かばない。あえて無視を決め込んで通り過ぎようとすれば、やたら「お嬢さん」を連呼され、最後には体調不良を訴えてくる始末。きっと嘘なんだろうけれど、看守としては声をかけなくてはいけない。


「何か御用ですか?トロワさん、ハニーさん」
「いえ、美しいお嬢さんが歩いていらっしゃったのでつい」
「それ、毎回言ってますよね。飽きないんですか?」
「全然」


キラキラと周りに星を飛ばしながら返答されてしまってはもう何も言えない。大きく息を吐き出してとりあえず体調の事も聞いてみるが、やっぱり予想通り「もう大丈夫です」と返された。そして、当たり前のように問いかけられる上の下着の色と下の下着の色。これもいつもここに来るとされる質問だ。いちいち女性らしく恥じらう姿を見せるのはもう嫌になってきて、今では淡々と色から形状、フリルの数は適当だけれど答えている。答えれば一応満足はしてくれるようで、拒否して引き下がられて時間をずるずると拘束されないというのに気が付いたのは最近のことだ。


「それじゃ、もういいですか?私はこの書類を三葉主任に渡す用事があるので」
「はい、引き留めてしまい申し訳ありませんでした」
「お仕事ご苦労様です」


下着の色の答えを聞いた時のデレっとした表情をどこへ隠したのか、キリッとした巷で言うイケメンの顔つきで二人は私を送り出してくれた。きっとここに11番がいたならば恨みがましい顔で「イケメン死ね!!」と恨み言を吐くに違いない。星太郎君にも時たま叫んでいるので容易に想像できる。ぼんやりとそんなことを考えながら看守室へと歩みを進める。軽くノックをして中に入ると、ふわりと甘い香水の匂いが鼻をかすめた。


「三葉主任、十三舎の一主任より書類を預かってきました」
「あら、ありがとう。そこに置いてもらえるかしら」


書類へと落とされていた視線を上げて、和らかな表情で自分の机の上を指さす主任へ返事を返して机と近づく。近づくにつれて強くなっていく香水の香り。周りの人は臭いというが、私としては特に気になるにおいではない。むしろ、とてもいい香りで、時たまどこのものを使っているかを聞いているくらいだ。


「三葉主任、今日もいい香りですね」
「わかる?新作が出てたから買ってみたのよ。今のお気に入りなの」


主任が毛先まで丁寧に手入れされた髪をすけば、甘く心地がいい香りが広がる。「主任に合っていると思います」と感想を伝えれば主任はふふっと嬉しそうに笑った。


「ほんと、ナマエちゃんうちに移動してこない?こうやって語れる人間ってあまりいないから歓迎するわよ?」
「いえ、私のようなガサツな人間はここには合いませんよ」


美の道は一日にしてあらず、そんな志を掲げて日々肌の手入れから髪の毛の手入れ、メイクを欠かさずに女性の私よりもきっちりしている主任と違い、私は化粧も手入れもそこそこだ。おかげで徹夜すれば目の下にクマができるし、肌は荒れるし、寝癖もひどい。


「まぁ確かに、肌や髪の手入れはそこまでしてないってのはわかるけどね」


不意に伸びてきた白い手袋に包まれた主任の手。しなやかで、それでもしっかりするところはしっかりしている男性の手が私の頬を撫でる。「ここ、ちょっと荒れてるわね」と言いながら肌チェックしながら頬に触れる手がくすぐったくてついつい笑いを零した。


「どうしたの?」
「いえ、くすぐったくて、つい」


謝罪をしつつも、その手の温もりを求めるようにすり寄れば、カタリと椅子を引く音が聞こえた。顔にかかった陰に視線を上げれば、そこにはいつもより近い距離で三葉主任の顔がある。どうかしたのかと首をかしげてみれば、主任は少しの間の後にふうと息を吐いて椅子に座りなおした。


「いつも思うけど、貴方はもう少し警戒心っていうのを持ったほうがいいわ」
「警戒心、ですか?これでも一応持ってるつもりなんですが」


曲がりなりにもここは刑務所だ。いるのは普通の一般人ではなく、殺人などの重い罪を犯した者達。ふと気を抜けばいつ背後などから牙をむかれるのか分からない。


「囚人に対するものじゃないわ、男性に対する警戒心よ。あなたは少しそれがなさすぎるわ」
「まぁ、周りにいるの男性ばかりですから…」


とは言っても私を女性として見ている者はないに等しいだろう。一主任は私が女だろうと容赦なく拳を落としてくるし、副主任には何度トレーニングだと言われ、監内を引きずられたことか。その傷を癒してくれるのは星太郎君だ。時たま一緒にお茶をして、心にたまっている気持ちやうっぷんを吐き出すのを静かに聞いてくれる。
うーんと唸りながら考えている私を見ていた三葉主任は、何故か額に手を当てて深くため息をついた。


「とにかく、どんなに仲が良かったりしても性別は違うんだから、気を付けるのよ?男は狼っていう言葉知ってるでしょ?いつ牙をむくかわからないんだから」
「一応、気を付けます」


いまいちその言葉が示す意味がしっくり落ちてこないが頷けば、三葉主任は満足そうに笑って私の頭を撫でた。


「ほら、そろそろ行きなさい。ここから十三舎まで早くても30分はかかるんだから。あんまり遅くなると、どこぞのゴリラから怒声をもらうわよ」
「げっ、それは嫌です」


あの大声で何度鼓膜が破れると思ったことか。いつもは他のものに向いているのしか見たことがないが、それを自分に向けられるのは絶対に避けたい。手早く他に渡す書類がないかを確認して「では、失礼します」と軽く頭を下げて私は三舎の看守室を後にした。帰り道もまたあの変態二人に声をかけられたが、今回は無視して急ぎ足で帰路へとつく。


「あれだけ忠告したし、次にまた隙を見せたら食べちゃおうかしら」


速足で駅へと向かう私の姿を窓から眺めながら、三葉主任がそう小さく呟いた事なんて私は気が付くはずもなかった。




狼は静かに牙を研ぐ
170308 執筆


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