複数ジャンル短編 | ナノ
黒い遺体袋が並べられた室内。ところどころから聞こえてくるすすり泣きの声。ギルドの攻撃によってポートマフィアの被害は甚大で、今後どうするか考えを巡らせながら中原中也は袋の列の前をゆっくりと歩く。知っている者、共に戦った者、時々見かけていた者、自分と面識はなかった者。様々な者が横たわる列の一番奥、一つの遺体の前で中也の足が止まる。“ミョウジ ナマエ”――袋に貼りつけられたネームプレートが、その袋の中で眠る人物を表していた。


「まさか、お前まで逝っちまうなんてな」


あの混乱の中でうまく逃げ延びていると信じてここへと足を運んだというのに、その希望は儚く壊された。戦闘などに使える自分たちの能力とは違う、ただ自分自身を守るための力を備えていた彼女にQの力が効かないことを知っていたからこそ、手薄なエリアの応援へと向かった彼女の背中を見送ったのに。返ってきた彼女は物言わぬ遺体の一つとなっていた。
能力は戦闘向きではなかったが、それでも弱いというわけではなかった。体術が得意な自分の指導を受けていたし、戦略に飛んだ太宰からも指導を受けていたのを知っている。だから、彼女は大丈夫だという安心感があった。


――あ、中也さん、おかえりなさい。お疲れさまです。


いつもアジトで迎え入れてくれる時に浮かべていた笑顔を浮かべて、少しだけ汚れてしまった上着を受け取ってくれると信じて自分は帰ってきたというのに。もう二度と、その笑顔も声も聴くことができない。
ゆっくりと遺体の前に片膝をついて、そっと袋に触れる。そこにあるのは彼女の抜け殻だ。大切な中身は、もう自分の手の届かないところへといってしまった。


「あいつも、お前も、ほんと自分勝手な奴らだ」


まるで砂のように自分の手の中から滑り落ちて、二度と戻ってくることはない。自分勝手で、自由奔放で…引き留めようとする意志すら湧き出てこないほどに。
いつも自分を上から見下ろしていたすべてを知ったようなむかつく視線を持つ奴は自分たちのところから去り、自分を見上げていた純粋な瞳を持つ奴は手の届かないところへ逝ってしまった。残されたのは自分一人。どこか胸に穴が開いてしまったように感じるこの感覚はきっと喪失感で、これが寂しいという感情なのだろう。冷めてしまった珈琲のように、旨くもなく苦味だけが強いその感覚にわずかに眉間に皺が寄る。言ってやりたいことは色々とある、けれど、その言葉はどれも音になることはなく。開いた口から零れ落ちたのは小さな言の葉だった。


「お疲れさま、向こうでゆっくり休めよ、ナマエ」




零れ落ちた砂は戻ることはない
170220 執筆


top
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -