複数ジャンル短編 | ナノ
鍛錬の五舎に収監されている囚人番号2番。周りから「リャン」と呼ばれている青年にはある疑問があった。それは、今ウパと共に鍛錬を行っている自分の視界の隅で、薬剤師のチィーの足元で屍のようになっている看守の事である。


「死ぬ…」
「おいおい大丈夫か?」
「無理です、今動いたら吐きます…」


やれやれといった風にチィーに背中を撫でられながら唸っているのは、自分たちを監視する立場にあるはずの看守。最近入ってきた新人看守である彼女はよく体調不良を起こし、今のようにどこかで蹲っていたりする。大抵チィーや猿門さんに背中を撫でられているか、担がれて運ばれる姿を目撃しているが、今回猿門さんは自分たちの相手をしているので彼女の相手はチィーがしているようだ。


「あの、猿門さん」
「ん?どうした?」


他の者たちの鍛錬を見ていた猿門さんに近づき声をかければ、緑色の瞳が自分へと向けられた。


「ミョウジさんの事なんですが」
「あぁ、あいつか…ほっとけばそのうち治るだろ。鍛錬終わってもあのままだったら、俺が運ぶから心配しなくていいぞ」
「いえ、そうではなく」


どうやらあの彼女の姿は日常風景としてとらえられているらしい。そこも突っ込みたいところではあるけれど、今回気になっているのはそこではないのでぐっとこらえる。


「ミョウジさんはどうしてこの五舎に配属されたんですか?鍛錬時は大抵あの状態ですし…仕事はしっかりされているからいいと思いますけど、強さで言えば猪里さんよりもなさそうに見えてしまうのですが」


体調が回復してきたらしい彼女が通りかかった猪里さんに頭をわしゃわしゃされている姿を見ながら疑問をぶつければ、目の前の猿門さんはどこか困ったように頭をかきながら「あー…」と言葉を零した。


「あいつのはなんつーか、俺らとは違う強さなんだよ…」
「違う強さ、ですか?」
「あぁ。おい、猪里。ちょっとミョウジをこっち連れてきてくれ」


うーん、と言葉を探していたらしい猿門さんは、何かを思いついたらしく猪里さんへと声をかける。それに軽く返事を返した猪里さんの声の後に続くように、「明るいところはいやだああああああ」と悲痛な叫びが上がる。ぎゃいぎゃい言いながらも逆らえずにたらい担ぎされたミョウジさんは、すぐに自分たちの前に立たされる。


「ほい、連れてきましたよ」
「何か御用ですか…主任…」


叫んだことで疲れたらしく、げっそりした表情でミョウジさんは猿門さんに問いかける。


「ちょっと俺と手合わせしろ。少しでいいから」
「いや、今体調悪いんでまた今度でお願いできませんか…」
「手合わせした後で飯をおごってやる」
「是非お願いします!!」


あまりの代わり身の速さに様子を見ていた自分も含めた周りの人間がずっこけた。そんなことつゆ知らず、当の本人は「タダ飯!」とさっきまで死にそうな顔をしていたとは思えない、生き生きとした表情をしている。その食に対する熱意に、ついどこかの囚人を思い出してしまったけれど、彼女の反応は予想の範囲内だったらしい猿門さんは小さく頷いて、いつも持っている如意棒を構えた。


「それじゃ、行くぞ」
「はい!」


元気に返事をして彼女は両手を構える。てっきり、猿門さんのように何か武器を所持しているのかと思っていたが、彼女はそういうものはないらしい。これでは勝負にならないのではと思ったが、そんな考えは手合わせの光景を見てすぐに消え去った。気合いと共に繰り出された目で追うのすら難しいほどの速さの攻撃、これは当たると思った攻撃は彼女の体に届くことはなかった。


「え…」


するりと、まるですべてが分かって見えていたかのように如意棒の起動を避けた彼女。いつもの姿からは想像もできないその身のこなしに、ウパとチィーも言葉を一瞬失った。


「しゅにーん、ちょっとってどれくらいですか?私ほんとさっきまで体調悪かったので長くは持ちませんよ?」
「だから、お前はもう少し体を鍛えろって言ってるだろ」
「いや、季節の変わり目はほんと無理なんですよ…気候とか低気圧の関係で」


たまに見かけた時と同じ日常会話を繰り広げているが、そのやり取りをしながら攻撃をしてはそれを避け、攻撃をしては避けを繰り返す目の前の二人。光景と会話が一致しないそれは異様な光景にしか見えない。空を切る音と共に吹く風圧で彼女の髪が揺れる。それでも、手合わせが終わるまで決してそれは彼女の体へ当たることはなかった。


「よし、もういいぞ」
「ありがとうございました」


ぺこりと頭を下げて体を伸ばしながらその場を去っていく彼女の背中を見ていると、猿門さんがこちらへと顔を向けた。


「わかったか?あれがあいつの強さで、ここに配属された理由だ」
「回避能力が高い、という事ですか」
「まぁな、大抵の攻撃をあいつは避けちまう。本人曰く、なんとなくわかるらしいが、普通じゃあそこまでいけない」
「では、それを習得するために厳しい修行を…」
「いや、違う」


一度口を閉じ、猿門さんは瞳を細める。そのどこか深いわけがありそうな雰囲気に、思わず真剣なまなざしで次に出てくる言葉へと耳を傾けた。


「痛いのが嫌だから全力で避けることに力を入れていたら、あそこまでいったそうだ」


はぁ、と吐き出された大きなため息と共に紡がれた言葉に、再度ずっこけてしまったのは言うまでもない。




偏頭痛もち看守の実力
170218 執筆


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