複数ジャンル短編 | ナノ
「しゅにーん!!」


横から聞こえてくる星太郎君の悲痛な叫びを聞きながら、見事に頭から地面にキス以上のことをした主任を見て、あれは痛そうだ、とずれたことを考える。まぁ、うちの主任はもはや人を超えてるような人なので死にはしていないだろう。その証拠に、一つの外傷もなく、流血すらなく平然と起き上がって25番君の頭をはたいている姿が私の視線の先にはあった。


「相変わらず、主任は体頑丈だねぇ」
「いや、頑丈ってレベルじゃないだろ、あれ」
「なんであれで無傷なんだよ…」
「主任だからね」
「いや、答えになってねえって」


私の答えにすかさず突っ込みを入れてくれる11番君にからからと笑いながら、五舎の主任と火花を散らす背中を見る。周りのにぎやかな雰囲気からして、次の競技の出場看守は主任で決まりだろう。これは私の出番はないかな、と思いながら頬杖をつきながら考えていると、不意に下から私の名前が呼ばれた。勿論、下にいるのは主任しかいない。そんなまさかと思いながら恐る恐る視線を向ければ、ばっちりと視線が絡み合った。


「お前が出ろ」
「え、いやでも…私基本的にバトルとかは専門外ですから」
「お前、この大会でまだどれにも出てないだろ、そろそろ働け」
「い、いや、私には囚人たちが変なことをしないか監視する大切な仕事が…」
「いいから、降りて来い」


一段と低く発せられた声に、私の体は考えるよりも先に動いていた。きっとこれが動物でいうところの危機察知能力というものなんだろう。塀に足をかけ、横から慌てて止めようとする星太郎君や囚人たちの声を背中に受けながら、コンクリートを蹴って飛ぶ。上からは星太郎君の悲鳴が降ってきたが、心配ご無用とばかりに軽く壁を蹴ってくるりと一回転して主任の横へと着地した。それはもう、採点機能があるなら文句なしの100点満点の見事な着地で。


「よし、じゃぁあとは頼んだ。俺は喫煙所に行ってくる」
「えー…本当に私がやるんですか、これ」
「何か文句でもあるのか?ミョウジ」
「いえ、ないです。喜んでやらせていただきます」


普段も怖いが、徹夜明けの主任のドスの利いた声は10倍怖い。びしっと背筋をただして、敬礼をすれば、主任は小さく頷いてさっさと競技場から姿を消してしまった。
残されるのは、対戦相手を前に興奮している25番君と、私と主任のやり取りを見ていた悟空主任。どうやら、うちの主任とやれるとばかりに意気込んでいたらしく、まさかの選手交代に彼の顔に浮かんでいるのはどこか不満げな表情だ。代理がこんな人間で本当に申し訳ないが、その文句は喫煙室に行ってしまったうちの主任へと向けてもらいたい。


「おい、本当にお前が出るのか?」
「まぁ、主任からの指名ですし…」


なんともやる気がそがれた様子の悟空主任に謝罪の言葉を述べれば、別にいい、と返された。心の広さはきっとこの人の方が上だろう。今の主任にも文句はないが、この主任の下で働いてもみたいな、なんてのんきなことを考えていると、他の対戦メンバーの準備も整ったらしく、三鶴部長の大きな声が頭上から開始数秒前の合図を告げた。副主任や星太郎君が頑張って勝利をつかみ取ってくれているのもあるし、ここではさすがにだらけるわけにはいかない。きゃっきゃっと興奮している25番君を近くに呼び戻して、私は三鶴部長の開始の声に合わせて用意された巨大独楽のひもを力いっぱい引っ張った。




△ ▼ △





「勝者!十三舎十三房!」


おめっとさん!と相変わらずの大きな声が降ってくる。湧き上がる歓声を背に受けながら、私は倒れてしまった25番君をおんぶして競技場を後にした。
なんとか勝利はもぎ取ることはできたけれど、完全勝利とは程遠い勝利だ。何度もやられかけたし、途中から変に体が痺れて動きずらかった。おかげで何度か悟空主任の攻撃を受けたのでお腹や背中が痛い。


「あーもう、だから戦いは嫌なんだよ…」


私には向いてないっての、とぶつくさ文句を言いながら医務室へと25番君を届ければ、モニター越しに試合の様子を見ていた御十義先生から湿布と勝利への祝いの言葉をいただいた。そういえば、これは他の房の人たちも見ているんだっけといまさらながら思い出す。


「にしても、よく勝てたな、お前」
「はは、まぐれですよまぐれ。めったに振り向いてくれない勝利の女神が今日は偶然私を見てくれたんです」


からからと笑いながらそう返すも、正直本当にこの勝利は偶然が重なったとしか思えない。なんせ相手はあの鍛錬の五舎の主任だ。たまに顔を出して相手をしてもらっているが、一度も勝てたことはない。まぁ。半分は私がやる気をあまりだせていないというのもあるかもしれないけれど。


「変な痛みとかあったらすぐ来いよ」
「はーい」


後ろ手に閉める扉から飛んできた声に軽く返事を返して、次に向かうのは喫煙所。そこにはこの体の痛みとなる原因を作った主任がまだいるはずだ。
いろんなところにひびが入ってしまっている十三舎の喫煙所と看板が下がった部屋の扉を開けば、少し煙が充満する部屋のソファーに座る一人の男性の姿。


「主任、あと少ししたら決勝戦始まりますよ」
「あぁ、わかった」


ふぅ、とまた口から新しい煙を吐き出して、持っていた煙草を灰皿へと捨てる姿はもう見慣れたものだ。ふわりと香ってくる少し白い煙をぱたぱたと手であおいでで空気へと散らしていると、目の前にはいつの間にか私を見下ろす主任の姿があった。


「独楽回し、お前にしちゃ頑張ったじゃねえか」
「まぁ、私も特別手当欲しいですから」


本当はあまり興味がないのだけれど、他に考えられる理由がなかったのでそう言えば、大きな手が頭へと無遠慮に乗せられる。そのまま、わしゃわしゃと少しだけ乱暴にかき撫でられる感触に軽く唸り声を出せば、主任はどこか楽しそうに笑った。


「でも、前よりは全然動きもよくなってた。強くなったな、ミョウジ」
「……っ!」


不意打ちの言葉に思わず用意していた文句の言葉が引っ込んでしまう。別に、私は主任のために戦ったわけではない。それでも、やっぱり彼は私が目標とする強い人間の一人であり、憧れの人間の一人だ。そんな人から自分の努力を認めてもらえる言葉をもらえた。ぎゅうっと締め付けられる胸と、じんわりと熱くなる目頭。こぼれてきそうになる言葉を飲み込むようにぐっと唇をかみしめれば、わかっているかのように帽子のつばを下げられた。


「でも、まだ終わってないんだ、気を抜くんじゃねえぞ」
「…っ、はい、ハジメ主任」


必死に絞り出した声はどこか頼りなさげで震えてしまったけれど、主任は満足そうに口元を上げ、帽子の上から数度撫でて部屋から去っていった。遠ざかっていく足音を聞きながら、ゆっくりと壁に寄りかかって座り込む。あぁ、この顔では暫く競技場には戻れない、と頭の端で考えながら主任の手で下げられた帽子のつばを更に下げた。


「ありがとうございます、主任…」


小さく紡がれた言葉は届くことはないけれど、それでも言わずにはいられなかった。




不真面目な看守の新年大会
170214 執筆
180307 編集


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