複数ジャンル短編 | ナノ
曲者たちが集まる13舎。一癖も二癖もあるその舎に収容されている囚人は、個性的な看守に負けないくらいの個性を持っている。中でも、看守たちにとって一番頭が痛くなる特技である「脱獄」をもつ囚人番号15番こと名をジューゴ。彼はいつものように房を出て、いつものように散歩をしていた。運悪く看守に見つかって捕まればそれまでであるし、見つからずにふらふらできればそれでいい。そんな軽い考えで彼は今日もあっちへふらふら、こっちへふらふらと13舎を歩き回る。

そして彼が行きついたのは、看守たちが仕事をしている看守室。普通の囚人であれば、脱獄したとき必ず避けていくであろうそこに彼はまるで当たり前のように入る。てっきり、いつもの口うるさい主任か鍛錬大好きな副主任、すぐに泣きごとを言う青い髪の看守の誰かがいるかと思ったが、開いた扉の先にはその3人の全員がいなかった。


「なんだ、誰もいないのか」


つまんねえな、とつぶやきながらふかふかのソファーへと横たわる。まるで自分の部屋のようなその振る舞いが、何度も彼がここに来ていることを感じさせた。房に連れ戻されるわけでもなく、いつもいる看守がいないならばこのままふかふかのソファーを堪能させてもらおうかとジューゴがうとうとし始めた、そんな時だった。


「主任達は今別の舎にお出かけ中だよ」


不意に自分の頭上から飛んできた声。慌てて起き上がれば、一つの机に頬杖をつきながら自分を見つめる一人の看守の姿があった。


「誰だ、あんた」
「私はナマエ。最近ここに配属された看守だよ」


君とは初対面だね、とのんびりとした口調で彼女は語る。てっきり看守ならば何か怒声やら手錠やらが出るかと思えばそうでもない。彼女はただ大きくあくびを零してぼんやりとした瞳で自分を見つめるだけだ。


「お前、俺を捕まえなくていいのか?囚人が脱獄してんだぜ?」
「んー…まぁ、そうなんだけど、今はあまり動きたくないから捕まえないかな」
「それでいいのかよ…」
「主任達が帰ってくるまでに房に帰ってくれればそれでいいよ。今日の脱獄も君にとっては散歩みたいなもんでしょ?」


まるで自分の考えを見透かしたような答えに、ジューゴは軽く髪をかきながら視線を逸らした。そんな彼の行動に彼女は小さく笑いを零して、おもむろに席を立ち給水所へと向かう。


「とりあえず、飲みなよ。喉乾いてなかったら残していいから」


そう言って机の上に置かれたのは暖かな湯気を上げるカップ。ふわりと香ってくる甘い香りはチョコレートのもので、きっとココアか何かだろうと考え手を伸ばした。軽く息を吹きかけて一口口に含むと予想通り口内に広がるチョコレートの味。どこか心が安らぐ暖かさと味にほう、と自然と体から少しだけ力が抜ける。そんなジューゴの様子を見た、彼女も模様が違うカップを持って向かいに座る。


「それ飲んだら房に帰るんだよ、もう少しで主任達も帰ってくるだろうから」


一口飲みながら時計へと視線を向けてつぶやく彼女に、ジューゴはココアを飲むのを止めて口を開いた。


「お前、変わってるな」
「そう?」
「あぁ、ここの看守は誰もが変わってるけど、お前が一番変わってる」
「随分な言いようだね」


どこか困ったように笑いながら目の前の彼女はカップに口を寄せる。


「でもま、いいんじゃない?こんな看守がいたってさ。別に仕事をさぼってるわけじゃないし」
「いや、現時点で囚人を捕まえてないからさぼってるだろ」


ジューゴは残ったココアを飲み込んでカップを置く。「ごちそうさま」といえば「お粗末さま」と返事が返ってきて、なんだか不思議な気持ちになった。きっと、今まで看守とのやりとりでこんなにのんびりとした時間を過ごしたことがないからだろう。


「じゃぁ、俺戻るわ」
「うん、気を付けてね」


どうやら彼女はここから動く気はないらしい。ソファーに座ったままひらひらと軽く手を振られ、房へと帰るのを見送る彼女の姿に小さく息を吐いてジューゴは看守室の扉を開いた。ギィ…とさびた音が響いて、後ろ手に扉を閉めようとしたその隙間から、まるで見計らったかのように彼女の声が聞こえてきた。


「よかったら気が向いたらまた来てよ、待ってるからさ」
「…!」


返事を返そうと口を開いた時にはその隙間はもう閉じていた。もう一度開いて返事を言うのもなんだか気が引けて、足を自分が過ごしている房へと向ける。ぺたぺたと裸足で廊下を歩く音を響かせながらジューゴはぼんやりと考える。また、気が向いたときに彼女のもとに顔を出して話をしにいこうか、と。




不真面目な看守と15番
170212 執筆


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