複数ジャンル短編 | ナノ
くるくるくるくる。世界は無条件に無感情に回る廻る周る。
それは誰にも止められない。それは誰にも止める権利はない。
世界は巡る。世界は廻る。世界は回る。

そして…彼等はその巡りの途中で偶然出会ったのだ。

成り代わり、生まれ変わり、転生という言葉を彼女は常識的には理解していた。それは辞書で読んだからだとか、好きなドリーム小説で読んだとかそんな単純な理由で。
少しばかりはその言葉の意味は理解していた。
誰かの生き様を自分が体験し、誰かの一生を自分が体験する。そこにはなんのメリットもなんの計画もなくて、ただただ偶然に、ただただ必然的に。彼女はなんの変哲もない日常から別れを告げ、何の変哲もない日常が存在しない世界へと転生した。
だが、ここで少し問題が発生する。そう。これは転生。これは生まれ変わり。これは成り代わり。


(私が成り変わった人物は私になり、彼はある意味消滅の一途を辿ったはず)


だが、今自分自身の目の前で視線を向けてくるのは紛れもない自分自身。否、自分が生まれ変わったはずの…彼。


「やぁ、欠陥製品」
「やぁ、欠陥製品?」


交わった視線の席で交わされた挨拶は変哲もなくて変哲過ぎた。

じっとこちらを見つめる少年は、確かに自分が傍観者という視点で見てきた少年で。
じっと見られている自分は、確かにこの少年という名の存在をいただいた自分で。

疑問気に語尾を上げれば少年は少し面白そうに瞳を細めた。


「疑問符はいらないと思うよ欠陥製品。いや、戯言遣い。君は僕で僕は君だからね」
「そう。なら遠慮なく貴方の前で堂々と自分自身を欠陥製品と呼ばせて頂く事にするよ。戯言遣い…いいや、いーたん?」


そう呟けば欠陥製品と、戯言遣いと自分を呼び、そして己自身をそう名乗った彼は微かに瞳を見開いた。
“いーたん”こうやって本物の戯言遣いである彼の名を本人を目の前にして呼んだのは、これが彼女にとって初めての経験だった。自分と同じブラウンの瞳、長さは違うが色は全く一緒の茶色い髪。目の死に具合までもが一緒で、本当に私は彼で彼は私なのだと痛感させられた。
そしてそれと同時に己と同じ存在に酷く、触れてみたいと、近づいてみたいという衝動にかられた。彼も恐らく彼女と同じ思いを抱いたのだろう、一定の距離を保っていた境界線を自ら踏み越え彼女のもとへと歩みを進める。
カツカツと歩くたびに彼の髪が微かに揺れ、瞳が揺れる。その瞳に映るのは同じような視線を彼へと注ぐ自分。カツ…と歩みが止まり、彼と彼女は、本体と成り代わりは、欠陥製品と欠陥製品は、戯言遣いと戯言遣いは、近距離で見つめあった。


「もしかしたら違うところがあるかもしれないと微かながらの希望を抱いていたんだけど…傑作すぎるほどにそっくりだね」
「そう言うわりには落ち着いているじゃないか。結局その考えも意見も君にとっては“戯言”なんだろ?」
「まぁ…君がそう感じるならばそうなんだろうね。戯言だけど」
「傑作だね」


鏡の彼を真似て笑えば彼も微かに瞳を細めた。


「だけど、僕も君もお互いの事を戯言遣い、欠陥製品と呼んではどちらがどちらなのかわからないくなるね」
「別に、私は君の事を“いーたん”と呼ぶから支障はないと思うけれど?」
「それでも僕の方が嫌なんだよ。よかったら君の名前、それかあだ名を教えてくれないかい?」


――君がもし本当に僕と一緒だと言うならば本名は言わないんだろ?

くっと口角が上がり自然と零れおちる笑い声。本当に彼は自分と同じ者だ。そして自分は本当に彼の生まれ変わりなのだと改めて感じる。


「そうだね…確かに私は今まで一度も他者に本名を明かしていないというのが自慢だ。だから、私の知り合い達は私の事をこう呼んでもらっているんだよ“ナマエ”ってね」
「…ナマエ、か。うん。いいんじゃない?戯言抜きで」
「一応の褒め言葉、ありがたく頂戴するよ。戯言抜きで」


お互いの口角が同時にゆっくりと弧を描く。

自分を“いーたん”と名乗る戯言遣い。
自分を“ナマエ”となのる戯言遣い。

彼等の間に初めて出来た違い。まぁ、その前に二人は性別的に正反対なのでそれを抜かしての話だが。彼は彼女。彼女は彼。正反対でありながら同一の二人。何故決して出会うはずのない二人は出会ってしまったのだろうか。
それはもしかしたら、彼となった彼女がこの彼の物語を少しずつ少しずつ変えていった事に問題があるのか。誰かが死ぬ物語を誰も死なない物語へ。誰かが悲しむ物語を誰も悲しまない物語へ。そう願い物語を改変してきた彼女。
決して物語のその先を知らない彼にはできなかったことをした彼女。その行いが二人を出会わせるきっかけを作ってしまったとしたら。少しずつ歪んで来ていた物語を大きく歪ませる歪を彼女自身が作ってしまったのだとしたら。
それは…なんて皮肉な事だろう。


「ナマエ。もし君が僕と違うところがまだあるのだとしたら…それは多分、この物語の内容を知っているという事。そうだよね?」
「イエスとしか答えは返せない」
「やっぱりね…」


納得がいったとばかりに頷き彼は彼女の頬を撫でる。慣れない感触、だけれどどこか懐かしい感触。その曖昧な感触に彼女はただただ瞳を細め、彼を見つめる。


「ここまでで、誰が死んだ?」
「誰ひとりとして」
「ここまでで、誰が悲しんだ?」
「誰ひとりとして」
「じゃぁ…」


――ここまでで、どれくらい君は物語を捻じ曲げた?


つかの間の沈黙。彼女は笑う。自虐的に。そして、どこか悲しげに。


「数えきれないくらいに」


事実を述べるその口は、戯言を言うときのように柔らかい。
事実を語るその瞳は、変わらずに光を通さない。

捻じ曲げ。ひん曲げ。押し曲げ。へし曲げ。

全ての物語を湾曲させてきた彼女はただ笑う。


「そう」


そして彼も小さく笑う。

同一にして同一でない二人。同じ戯言遣いにして違う戯言遣い。同じ欠陥製品にして違う欠陥製品。欠陥に欠陥を重ね、欠陥し続ける二人。物語を、人を、人生を、言葉を、気持ちを、曲げて枉げてまげ続けた二人。
神のきまぐれで出会ってしまった彼等の物語はきっと止まることをしらずに回り続けるだろう。これからも、この先も、彼等が死に絶えるまでは。

そして…彼女が今まで引き起こしてきた歪みは彼を加えることによって。


「なら、これから先は、更に物語はねじ曲がるだろうね」


さらに速度を増してゆくだろう。


「終わりのある物語に始まりを、始まりの物語に終焉を」
「誰かが死ぬ世界ならば誰も死なない世界へ」
「誰かが悲しむ世界なら誰もが悲しまない世界へ」
「そのためならば、僕は」
「私は」
「「朽ちるその時まで、戯言を奏で続けよう」」


それは終わることのないエンドレスゲームのように。




戯言遊び
(さぁ、滑稽で傑作な戯言を紡ごうじゃないか)
110126 執筆


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