捧げ物 | ナノ
 我が本丸での宴会という言葉は酒飲み会の事を指す。勿論参加は任意だし、酒に弱い刀は食べるものを食べたら早々に避難する。それがこの本丸ではいつもの事で、偶に酔った次郎太刀などに絡まれる私もそれが普通だと思っている。

 偶に飲みすぎて酔った勢いで執務室に飛び込んでくる者もいるが、大抵は私にくっついて傍にいる蛍丸に気絶させられてそれを光忠に回収され去ってゆく。それを私は毎回毎回、彼はやはりお母さんだなぁと一人頷きながら見送っている。


「主、今日宴会を開くんだけどあんたもどうだい?」
「ごめん、じろちゃん。今日はいけない。終わってない仕事があるんだよ」
「そっか、なら仕方ないね」


 苦笑を零して去っていく次郎太刀を見送り、一人執務室で仕事をこなす。正座で作業するのが辛くなり、足を崩して再開した頃廊下の向こうから聞こえてきた賑やかな声に「あぁ、やってるなぁ」と小さく笑いを零しながら筆を進めていたその時だった。

 不意に障子がスパンと開いたかと思うと、どすっという衝撃が体に走る。
 敵襲か!?と慌てて後ろを見ると背中にひっつく一つの人影が見えた。
 小柄な体に銀色の髪、そして、耳のようにぴょこんとはねた髪を持っているのは、私の本丸には一振りしかいない。


「ほ、蛍丸…?」
「なぁに?主」


 試しに呼べば、いつもよりいくらか高く甘えた声が返ってきた。仄かに鼻をくすぐった酒の香りに、彼が酔っているのだと悟る。


「酔った勢いでここに来たの?」
「うん、主に会いたくて」


 ぎゅっとお腹に手を回してぐりぐりと背中に顔を押し付ける仕草はまるで猫のよう。いつもよりも暖かな体温を感じながら回された手を撫でてやれば、少しだけ腕の力が強くなる。


「主、今日は宴会の席にいなかったんだもん」
「やらなくちゃいけない仕事が残っていてね」
「それは、今日中にしなくちゃいけないやつ?」
「そうじゃないけど、急ぎであることには変わりないよ」
「そっか」


 どこか寂しげにつぶやかれた返事にゆっくりと体を動かして向き合う形になる。一度離れて、再度膝に上半身を乗せてお腹へとくっついてきた頭を優しく撫でてやれば、蛍丸は気持ちよさそうに瞳を細めた。
 そこにはいつもの大人な姿勢の彼の姿はどこにもない。目の前にいるのは甘えん坊の子供の蛍丸だった。それがどこか新鮮で甘やかすように撫で続けていると、酒の影響で僅かに赤くなった表情で私を見上げてくる。


「ねぇ、主」
「なぁに?」
「主は、俺と一緒にいるの、楽しい?」
「勿論。楽しいよ」
「俺と一緒にいるの、幸せ?」
「うん、幸せだよ」
「主は……俺の事、好き?」
「うん、大好き」


 まるで加州清光がしてきそうな質問の数々。疲れると感じる人もいるかもしれないが、質問に答えるたびに蛍丸は嬉しそうにふにゃりと笑うのだ。なにこれ天使?天使なの?と頭の中で自問自答を繰り返しながらすり寄ってくる頭を撫でる。むしろ、小さな身体で頬を染め、舌足らずな甘えた声で聞かれる問いに肯定以外でどう答えろというのだ。もしこれを面倒臭がって無視したり否定で応えてみろ、その嬉しげな表情はきっと悲しい表情に一瞬にして変わるだろう。そんなの見たら大岩のような罪悪感がのしかかってきて潰されて死ぬだろう、私が。


「ね、主」


 悶々と考えの深みにはまっていた私の意識を戻したのは、着物の裾をひっぱる蛍丸の手だった。どうしたのかと視線を向ければ、ふらふらとした動きで体を起こして私に抱きついてきた。全身の力を抜いて私にのしかかってくるような抱きつき方だったけれど、身体が子供であるしいつも背負っている刀がないので倒れることなく抱きしめ返すことができた。抱きしめ会うことで、少し強くなった酒の香りと暖かな体温。ぎゅっと首に回した腕が僅かに緩んだと思えば、私をまっすぐに見つめて蛍丸はふにゃりと緩んだ表情で笑う。


「俺も、主のことだーい好き」


 なんという破壊力。なんという天使スマイル。ここが天国か!と叫びたい衝動と戦いながら、ぎゅうっと蛍丸を抱きしめる。


「へへっ、主あったかーい」


 けらけらと楽しげな声が聞こえるが私はそれどころではない。これが萌え殺しというものだろうか。緩みに緩みまくる表情筋を抑える努力もせずに私はただただ萌えという衝動に突き動かされるままに蛍丸を抱きしめる。うちの近侍がこんなに可愛い…わけあったわ。元から天使だったわ。天使以外の何物でもなかったわ。


「あーもう蛍丸ほんと可愛い」
「主の方が可愛いよ?」


 零れた言葉が聞こえていたらしい。不思議そうに見つめてくる蛍丸は、徐に両手で私の頬に触れる。ゆらゆらと揺れる翡翠の瞳と視線が絡み合い、それが綺麗だな、なんて考えていると不意に口元に自分以外の熱を感じる。気が付けばいつも見ている綺麗な顔が視点が定まらないくらいに近くにあって、ゆっくりと離れて行ったそれに彼にキスされたのだと回らない頭が少しだけ遅れて結論をはじき出した。
 途端にお酒を飲んでもいないのに熱くなっていく体。自分と同じように赤くなった私を見て、蛍丸はどこか嬉しげに笑って言った。


「ほら、やっぱり主の方が可愛い」




酒は飲んでものまれるな


151117 執筆

聖さつき様へ捧げます

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