捧げ物 | ナノ
 僕等の主様の第一印象は、とても不思議な人、だった。いつもどこかぼんやりとしていて、よく薬研藤四郎やへし切長谷部に注意されたりしているのを見かける。けれど、それと同じくらいに三日月宗近や鶯丸らと縁側でのんびりとお茶を飲んでいる姿や、子供の様に笑いながら短刀達と一緒に中庭を走り回っている姿も見かける。
 主様はけっして年老いてはいない。世間では青春真っ盛りという単語が似合うらしい年代なのだそうだ。以前歳の事を聞いた際そんな返事を主様からは貰った。その時もどこかのほほんとした雰囲気で、いつも口に咥えている煙管を手で弄んでいた。

 主様はまるで煙のようだ。と、誰かが言った。ふわりふわりと浮いていて、つかみどころがない。けれど、少し手荒に触れようとするとふっと消えてしまいそうな危うさを感じる。僕達刀の切先が少しでも彼女に触れれば、たちまち彼女はどこかに消え去ってしまいそうな、そんな印象。


「あるじさまは、なんだかいつもふわふわしてますね?」
「そう?」
「はい、なんだかふわふわしてます」


 世間の言葉というのをあまり知らない僕は思い当たる単語を必死にかき集めて言葉を紡いだ。主様はそんな僕の意見を少し考えるようなそぶりをしながら聞いて、ふぅ、と口から白い煙を吐きだしながら笑った。


「まぁ、否定はしないよ」


 それが、主様から返ってきた答えだった。




▽▲▽




 ある日の事だった。中庭で一番大きな桜の木に異変が起きた。いつも生き生きとしている葉はしおれ、木の表面も触れるとぼろぼろと腐り落ちていく。昨日まではなんの異常も見られなかったのに、いったい何が問題なのか。その異変に偶然にも一番最初に気が付いた僕は主様の部屋へと駆け込んだ。


「あるじさま!!」
「どうしたの?今剣」
「なかにわのさくらがへんなんです!さわるとぼろぼろとくずれてしまって…はっぱもげんきがありません」
「……。」


 今へし切長谷部や他の刀達も原因を調べるために桜の元へと集まっている。そう伝えれば、いつもふわふわとしていた主様の雰囲気がぴりっと鋭くなった。やりかけていた書類を手際よく片付けたかと思えば「案内、お願いできるかな?」と主様は微笑む。けど、その瞳は笑っていなくて、ぶるりと背筋が震えた。




▽▲▽




「おー、こりゃ見事に影響でてるわな」
「主!」


 下駄をはいて僕の隣を歩く主様は桜を見てのんきにそう呟く。声が聞こえたのか、色々試行錯誤をしていたらしいへし切長谷部がいち早く主様の存在に気が付き走り寄ってきた。


「申し訳ありません。主の手を煩わせぬようにと色々手は尽くしたのですが…」
「気にしなくていいよ。それに、これは長谷部達じゃ対処できないもんだからね。けど、頑張ってくれてありがとう」


 そっと伸ばされた手は必死に謝る長谷部の頭を優しく撫でる。瞬時にあたりにひらひらと舞い始めるのは桜の花びら。どこか楽しそうにそれを見てから、主様は桜へと歩み寄る。そっと幹に触れ、ぼろりと崩れた木の肌を手で弄り、「なるほどね…」と小さく呟いた。


「あるじさま、さくらはなおりますか?」


 不安げに問いかければ、主様は瞳を細めて小さく笑った。


「大丈夫、ちゃんと治る、いや、治すよ。この木に枯れてもらったら私たち全員が困るからね」


 我が子を愛でるように優しく桜の幹を撫でてから主様が取り出したのはいつも口に咥えている煙管だった。それをいつものように咥え、不意に僕へと手が差し出される。


「けど、私だけじゃ対処しきれない。だから今剣、力を貸してくれるかい?」


 拒否という選択肢は僕の頭にはなかった。勿論という様に力強く頷き、主様の手に自分の手を乗せる。瞬間、ぞわりと体の中から何かが手を伝って主様へと流れていく感覚が走る。まるで蛇が体を這っているようにじわりじわりと動く何か。それはきっと僕の中にある力の一部だ。

 主様は視線を桜から離さずにゆっくりと煙管の煙を吐きだす。ふぅ、と吐かれた煙はいつものような白い煙ではなく、仄かに光る青色の煙。それはまるで蛇のように桜へとまとわりついていく。そして不思議な事に、煙がまとわりつき消えて行った部分から、桜はみるみる回復していった。
 周りでそれを見ていた刀剣達も不思議なものを見るようにその光景を見つめる。誰もが初めて見るその光景に目を奪われていた。桜にまとわりついていた煙が消えたとき、僕らの目の前にはいつも見ている元気な桜の姿があった。


「こんなもんかな…」


 言葉と共に吐きだされた煙はいつも見ている白い煙だった。


「今剣、手伝ってくれてありがとね」


 繋がれた手が離れ、そのまま優しく頭が撫でられる。その感触に瞳を細めれば主様は瞳を和らげた。


「主、今のは…」
「ん?あぁ、この桜はね、この本丸の結界を保つ役割をしてたんだよ。だけど、外からの攻撃でその結界が壊れてその影響が桜にも出たんだろうね。だから、その壊れたところを私の霊力と今剣の霊力を使って修復したんだよ。霊力を煙管の煙に変えてね」


 「別に私、ニコチン中毒だからこの煙管を持ってるわけじゃないんだよ」とからからと主様は笑う。主様が言うには煙管はそういう事をするために政府から渡された代物らしい。
 霊力を込めればその力が入った煙になり、主の思うままに動かせる。それ以外はただの無臭の煙となって空に溶ける。子供のおもちゃみたいなものだと、主様は煙管を咥えたまま口角を上げてにやりと笑った。
 てっきり煙管は主の趣味と思っていたので大半の刀剣は驚きが隠せない。僕もその一振りだったけれど、思い出してみれば確かに主様は煙管をいつも咥えている割に、俗にいうタバコの匂いはしなかった。
 短刀達が瞳を輝かせてすごいと騒ぎ、大人の刀達は感心したように煙管を見る。


「主!俺もそれ吸ってみたい!」
「いいよー」
「ちょ、ダメだよ!子供はそういうの吸ったら体壊しちゃうから!」
「えー、ちょっとくらいなら平気だよ」
「ダメです!」


 気が付けば先程の緊迫した空気は消え、いつも通りの賑やかな空気が本丸へと戻っていた。わいわいと聞こえてくるやり取りを聞きながら、僕は主様を見る。その顔や雰囲気には先程の鋭い雰囲気は少しも残っていない。まるでさっきまでの真剣な表情が嘘のようにすら感じるほどだ。
 煙管を取り合う刀剣達を見ながらいつものようにのほほんとした表情で主様は笑う。そんな姿を見て、やはり主様はつかみどころのない煙のような人だと、改めて思った。




揺れる煙、舞うは花びら


151116 執筆

元ネタ:スカイプとツイッターで話していた煙管と桜の話
さくま様へ捧げます。

[ 7/10 ]

[表紙へ]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -