捧げ物 | ナノ
 生ぬるい風が頬を撫でる。外から聞こえてくるのは蝉の鳴き声。あぁ、もうそんな季節なのかとぼんやりと考えながら書類に目を走らせていると障子の奥から一つの足音が聞こえてきた。


「主さん、いますか?」
「うん、いるよ」


 聞こえてきた声に返事を返せば「失礼しますね」と一声聞こえて障子が開かれる。顔を覗かせたのは近侍の堀川君だった。


「お仕事ですか?」
「うん、明日までに出さなくちゃいけない書類があって」


 私の手元に広がる書類を見つめる堀川君は「お疲れ様です」と言って私の隣にきた。
 一度手を止めて堀川君へと向き直れば、彼は手に盛ったおぼんの上に乗っているものを見せながら笑って言った。


「少し、休憩しませんか?」




▽▲▽




 さんさんと降り注ぐ日の光を浴びながら元気に走り回る短刀達の体力は本当に底なしだと思う。思えば自分も昔はそんな感じだったなと考えつつ、そういう思いになる自分は歳をとったのだとしみじみ実感した。
 中庭が見える縁側へと誘ってくれた堀川君は私の隣に腰を下ろして、お盆の中身を手にとった。綺麗な薄ピンク色に色づくそれは台所で燭台切光忠さんに貰ったものだという。
私のところへと足を運ぶ堀川君に持たせてくれたそうだ。


「主さん、これが好きだからって言って、渡してくれました」
「あー…そういえばそんなこと前に言ったっけ」


 何気なく零した言葉だったのだが、さすが本丸のお母さんと言われる刀剣男士、とてもいい記憶力だ。少し分けていただきたい。


「桃、って言う果物ですよね、確か」
「うん。そうだよ」


 じっと自分の掌に納まるそれを見つめながら堀川君は表面を撫でたり匂いを嗅いだりする。


「とても甘くていい香りがします」
「でしょ?匂いだけじゃなくて実も瑞々しくて美味しいんだよ」
「なら、こういう日にはぴったりですね」


 わくわくとした表情で桃を見つめる堀川君についつい私も表情が緩む。隣にあった果物包丁を取り、剥こうかと問えば僕がやりますと断られてしまった。大人しく包丁を渡せば、彼は少し緊張した表情ながらも丁寧な手つきで皮を剥いていく。
 先程よりも甘い匂いが強まり、溢れた甘い果汁が彼の手を伝う。後で手を洗わなくてはなんて会話をしつつ、熟した果実がその姿を現していくのを私は静かに見つめていた。


「できました!はい、主さん、どうぞ」


 暫くしてすべてを一口サイズに切り分けた堀川君は自然な動作でその中の一つをフォークに刺して私の口元にもってくる。
 あまりの自然さについつい口を開けてしまいそうになったがそこで私の行動はぴたりと止まった。今私は何をしようとしている?これではまるで恋人同士がする「はい、あーん」とおなじものではないか。


「主さん、食べないんですか?」


 止まった私を不思議に思ったのか、堀川君は私をじっと見つめる。


「え、いや、食べるよ。うん」
「ならよかった。では、どうぞ」


 にこにこと笑って再度差し出されるのはやはりフォークに刺さった桃。違う、そうじゃない。つい、そう零したくなるがぐっとこらえて、視線を彷徨わせる。


「ほ、堀川君、その…私、自分で食べれるから」
「そうですか?」
「うん。だから、それは堀川君が食べなよ、ね?」


 ぎこちない笑みを浮かべながら催促すれば、堀川君は私と桃を交互に見て迷う素振りを見せた。何故そこでそんなにも迷うのかが疑問である。


「けど、これは近侍の務めだって言われたんです…」
「言われたって、誰に?」
「光忠さんです。主さん、これが好きだけれど少し食べるの上手じゃなくて、服を汚してしまうかもしれないからこうしてあげるといいよって」


 オーケー、眼帯おかんは敵だ。脳内に流れる下剋上曲の歌詞を思いつつ、つい台所方面をにらむ。なんて余計な事を吹き込んでくれたのか、確かに前に桃を食べたとき落として服を汚してしまったことはあるけれども、それを堀川君にバラすことはないじゃないか。しかも変なものまで吹き込んで。


「堀川君、それ嘘だから、信じなくていいよ」
「そうなんですか?」
「うん。だからそれは堀川君が食べて」


 用意されていたもう一つのフォークをとって桃へと突き立てる。じっと桃を見る堀川君の様子を見つつ、桃を口に含んだ。甘い味と程よい瑞々しさが口の中に広がっていく。暑い時にはこれだなと小さく頷きながら飲み込んで、新しい桃に手を伸ばそうとした時だった。
 目の前に、さっきの桃が差し出されたのは。軽く視線を動かせば差し出しているのはやっぱり堀川君。


「堀川君、それ食べていいって…」
「そうなんですが、僕がこれをしたいって思ったんです。近侍の仕事としてじゃなくて、僕個人の気持ちで、主さんに食べさせてあげたい。そう思ったんです」


 だから、食べてください。

 ぐっと口元に差し出されるのは桃。けれどそれは、まるで刀を突きつけられているような感じがした。それでも、目の前にある堀川君の表情は変わらず柔かい。ここまでいっても引き下がることなく、押されてしまっては流石にこれ以上何かを言っても断ることはできないだろう。
 小さく唸りながらも腹をくくって桃を口に含めば、とても嬉しそうな堀川君の顔が見えた。




堀川国広との一時


150806 執筆

小笠原様へ捧げます。

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