捧げ物 | ナノ
 事の始まりはなんだったのか、それはもうナマエには思い出すことができなかった。一応思い出そうともしているのだ、必死に。しかし、そんな彼女の思考を邪魔する者がいる。
彼女の膝に座り、首に腕を回してぎゅっと抱きつく小さな姿。背に背負った大きな大太刀に似合わぬ低い背丈の少年は、無邪気な笑顔を浮かべて言う。


「主様、大好き!」


 あぁ、こんな誘惑に負けずに思考をしろというのが馬鹿な話なのだ。
 天を仰ぎながらそう言い分けじみた台詞を思い浮かべ、ナマエは目の前の少年――蛍丸を見つめる。彼の外見に特に変わった事はない。しかし、問題は内面、更に詳しく言えば性格に問題が出た。
 システムのバグなのか、歴史修正主義者の陰謀なのか、どちらかは分からないが彼は見た目通りの性格になった。つまり、中身のみの幼児化である。
 いつもならば「主」と呼ぶのに今は「主様!」と呼んでくる。浮かべる笑顔は幼くて、抱っこをして、頭を撫でて、ぎゅってして、とおねだりをしてくる。その姿の可愛いことと言ったら…。思わずカメラを構えて撮影しているが、きっとどんな審神者でもするだろう。それくらいにこの蛍丸は可愛いのだから。


「蛍丸ちゃんこっちむいてー」
「はーい!」


 カシャリという機械音。携帯に確認用にうつされた画像を確認して保存ボタンを押してから、ナマエは蛍丸を抱き上げた。


「ちゃんとポーズとれたねー、えらいえらい」
「へへっ、俺いい子?」
「うん、とってもいい子」


 頭を撫でれば嬉しそうな声が聞こえてくる。いつもならば「背が縮む」と怒ってくる彼はここにはいない。いるのは甘えん坊の少年だ。


「いつもの蛍丸もいいけど、こっちの蛍丸も可愛いなー」


 すりすりと頬をすり寄せながらしみじみと呟けば、蛍丸は不思議そうにナマエを見つめる。


「いつもの俺って可愛くないの?」
「ううん、そんなことないよ。けどやっぱりなんていうかな、見た目よりも大人びている感じがするんだよね」


 戦闘の時は先陣をきって刀を振るい、本丸にいるときはナマエの近侍として様々な仕事をこなす。主と刀との境界線をしっかりと引きながら接してくる彼。偶に甘えてくれることはあっても、ここまでがっつりと甘えてくれることはない。


「全力で甘やかそうと思っても、気づいちゃってるのかさせてくれないんだよ」


 それが少しさみしいとさえ思ってしまう自分はダメな審神者なんだろうか。正直審神者という職を始めるまで、そこまで刀剣には興味がなかったが、いざ始めて気が付けばこんなことを思うまではまってしまっている。
 その中で更に蛍丸にはまってしまっている。可愛らしい外見に反する中身。そのギャップ差にやられたのだろうか、ナマエ本人もそれはよくわかっていない。
 無意識に瞳を細めるナマエをじっと蛍丸は見つめ、更に甘えるように体を押し付けた。応えるように優しく頭を撫でてやりながら優しく彼の体を抱きしめれば、服越しに伝わってくる子供特有の暖かな体温。


「蛍丸はあったかいねぇ」
「主様もあったかいよ」


 壁にもたれかかりお互いの体温を確かめるように抱きしめあう。次第に落ちてくる瞼を必死に開けようとしていると、小さな手によって目を覆われた。


「寝ていいよ、主様。疲れてるでしょ?」


 優しげな声が鼓膜をゆらし、次第に船をこぎ始めるナマエを見つめる蛍丸の瞳は穏やかだった。
 暫くして、規則正しい寝息が聞こえてくるのを確認すると、彼はゆっくりと手を離す。少し前に「子供っぽい蛍丸とかいないのかな」と主が呟いていたのを聞いて行ってみた今回の演技。今剣をもとにした演技ではあったが、バレることはなかったようだ。
目の前の彼女が己を甘やかそうとしてるのは知っていた、だからこそ、あえて距離を見極めて過ごしていたのだ。


「こんな甘やかし方じゃ、俺は満足できないんだよ、主」


 本当に甘えようと己が思えば、子供を甘やかすような行為では全然足りなくなる。もっと沢山、もっと深いものが欲しくなってしまう。だからこそしっかりと隠しておかなくてはいけない。
 それでも、やはり我慢というものはいつか切れてしまうんだろう。その時は、嫌ってほどに甘やかしてもらおうじゃないかと蛍丸はどこか楽しそうに瞳を細めて笑った。




羊の皮をかぶった狼


150510 執筆

とうや なた様へ相互記念で捧げます。リクエストありがとうございました!

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